市場規模やプレイヤーの激変も

 欧米自動車メーカーがEVシフトを急ぐのは、EVの普及で市場環境やプレイヤーが激変する可能性があるためだ。自動車メーカーの一部では、EVといえども、新興企業や異業種が簡単にクルマをつくれるほど甘くないとの認識を持つが、すでにその認識にはずれが生じている。その代表格がGMも出資する中国の上汽通用五菱汽車だ。昨年7月に中国市場に投入した4人乗りEV「宏光ミニEV」は、車両販売価格が3万元(約45万円)からという低価格で大ヒットしている。21年上半期(1~6月)のEVとプラグインハイブリッド車(PHV)のグローバル販売で上汽通用五菱は20万台近くとなり、VWや中国のBYD、BMWといった並み居る大手を抜いてテスラに次ぐ世界2位となった。

 宏光ミニは低価格の電池を採用、航続距離を100キロメートル程度に抑えることで低価格化を実現して販売を伸ばしている。ホンダのEV「ホンダe」やマツダのEV「MX―30」も航続距離を短くすることで価格アップを抑えたと説明するが、ともに450万円以上と、宏光ミニとの価格差は大きく、販売実績は振るわない。そしてこの事実が日本の自動車メーカーのEV専業化に二の足を踏ませている面もある。

 日本の自動車メーカーの一部は、宏光ミニの販売が爆発的に増えていることを気にしつつも、目指している分野や顧客層が異なるとして冷ややかな視線を送る。安全・安心を最も重視する日本メーカーが基準とする品質に沿ってEVを開発・生産すると価格の上昇は避けられないからだ。脱炭素社会の機運が高まっているからといって、高価格のEVのラインアップを拡充したところで、顧客が購入してくれる保証はない。そもそもエンジンや燃料の関係部品を中心に、数多くの取引先を抱えており、EVに転換するのは容易ではない。

 内燃機関車は、3万点にも及ぶ部品を使って複雑な構造を実現する。自動車メーカーは自ら手がけた仕様書に沿って必要な部品をピラミッド型構造で取引先から調達し、開発から生産まで一貫して最終製品を組み立てる垂直統合型ビジネスを長年続けてきた。

 EVの場合、必要な部品点数が内燃機関車の3分の2から半分程度に減り、構造が簡単なことから参入のハードルが大幅に下がる。このため、EVはスマートフォンやデジタル家電で浸透した、複数の企業が同じプラットフォームや標準化した部品を使って製品を開発・製造する水平分業で効率的に製造できる。テック企業やスタートアップが相次いでEV市場に参入しているのもこのためだ。

 アップルのスマートフォン(スマホ)「iPhone」などの電子機器を手がける世界最大の受託製造会社である台湾の鴻海精密工業(ホンハイ)は、EV専用プラットフォームをベースにオープンで開発する組織を立ち上げた。異業種やスタートアップがプラットフォームや標準化した部品を活用してEVを設計、ホンハイがEVの製造を受託するというスマホで培った水平分業型ビジネスモデルの構築を目指す。これだと資本が小さくてもEV市場に比較的容易に参入できる。車台や部品を共通化するため、差別化は難しいかもしれないが、EVの低価格化を実現できる可能性は広がる。

 ホンハイの組織には日本電産をはじめ、中国や韓国の多くの自動車部品メーカーが参画している。さらにホンハイは米国のフィスカー・オートモティブが開発するEVを米国で受託生産する検討も進めており、異業種ながら市場での存在感は高まっている。EV市場への参入が噂されているアップルも自社ではEVの設計に特化し、製造については自動車メーカーなど他社に委託するとみられている。

 水平分業のビジネスモデルは構造が単純なEVだからこそ実現できる。長年にわたって関係を築いてきた取引先部品メーカーやグローバルで巨大な生産設備や人員を抱える既存の自動車メーカーが、こうした水平分業型に移行するのは大きな痛みを伴う。それでも欧米自動車メーカーやホンダはEV専業化を明確に打ち出すことで「従来の自動車産業のビジネスモデルの延長線上では生き残れなくなる」と、取引先を含めて警告しているようにも見える。

 補助金に依存しているEVが、規制当局が描いた通りに普及するかは見通せない。価格がどれだけ下がるのか、充電インフラが十分な規模で整備されるのかなど、EV普及に向けた課題も少なくない。それでもビジネスモデルを革新することで成長を遂げてきたアップル、グーグルなどのテック企業やスタートアップ企業はEV市場に強い関心を示している。第2、第3の宏光ミニが出現する前に、日本の自動車メーカーは今後向かう方向性とその覚悟を示さなければ存続さえ危うくなる。

(編集委員 野元政宏)