やすだ・あきら 1986年法政大学電気工学科卒、88年同大学院修士課程修了、同年東芝入社。以降、日本テキサスインスツルメンツなどを経て2001年法大工学部助教授、07年同(現理工学部)教授。同年には大学発ベンチャーのトライジェンスセミコンダクターを創業、デジタル直接駆動技術の民生利用を本格化。
マルチコイルモーター駆動技術の実験装置。同技術はコイルのマルチ化によってフェールセーフが高まるため、ドローンにも役立つ
大手電機、半導体メーカーでの経験を生かして実践的な指導を展開する安田教授
安田研究室のメンバー。学生らは回路設計や制御開発を志し門下に入る

 自動車の開発では、環境負荷の低減を目指し電動化技術の採用が一段と活発になっている。そこで重要テーマの一つとされるのが、駆動用モーターの出力特性を高めながら、消費電力を低減すること。電気自動車(EV)の課題である航続距離の延長や、コストのかかるバッテリーの搭載量削減に大きな効果を持つためだ。法政大学理工学部の安田研究室(安田彰教授)は、独自の「マルチコイルモーター駆動技術」という高効率で高精度なデジタル制御を活用して、電動化の課題解決を支えていく。(有馬 康晴)
 マルチコイル駆動について、安田教授は「自動車エンジンに例えれば可変気筒システムのようなものだ」という。
 通常は一本の電線を巻いて作られるモーターのコイルを、電線を短く分割して作った小さなコイルを複数組み合わせた〝マルチ〟構造に転換する。そして要求パワーに応じて、駆動に使用するコイルの数を増減することが制御の基本となる。
 電気系は通常、フルパワー時に最も効率が高まるように設計されるため、巡行走行などの低出力時には電力ロスが生じる。マルチコイル駆動では、要求出力が低ければ、使うコイルの数を減らして出力を調整できる。このため、フルパワーがかけやすく、低出力時の効率維持につながる。まさに燃焼させる気筒の数を調整する可変気筒に通じる技術である。
 さらに、電気系の低電圧化につながり、高電圧対応の割高な半導体が不要になるメリットもある。〝シングルコイル〟のモーターを600㌾で駆動していた場合、コイルを3分割するとそれぞれを200㌾で駆動できる。
 EVやハイブリッド車(HV)ではさらなる高電圧化を模索する動きがあるが、耐圧・感電対策を考えるとマルチコイル駆動にメリットがあるとみる。低電圧化で浮いたコストを、ガリウムナイトライド(GaN)やシリコンカーバイド(SiC)を使った「次世代半導体に振り分ければ、駆動効率を一層高められる」(安田教授)ともした。
 ただ、コイルをマルチ化する場合、各コイルの電線の長さに誤差があると回転ムラなどが生じ性能が悪化する。生産段階で問題を解決するには、シビアな管理が求められる。
 安田教授は「デジタル直接駆動技術」という独自の研究成果によって、制御段階での誤差吸収を可能にした。多少アバウトなつくりのコイルを組み合わせても、効率と精度を確保できる。
 その実力は、安田教授の研究をもとに複数のオーディオメーカーが商品化した「デジタル直接駆動スピーカ(デジタルスピーカ)」によって実証された。
 デジタルスピーカは、CDが登場した1980年代からオーディオ各社が実用化に挑戦した技術。音の入り口から出口となるスピーカーまで、すべての信号処理をデジタル化して原音に忠実な再生を図るものだ。
 2010年代に入り、安田教授の成果を用いてついに商品化。通常のスピーカーは1基に1つのコイルが備わる。これに対しデジタルスピーカにはコイルが複数あり、電流を流すコイルの組み合わせを適宜変更することで音量などを最適化する。ただ、モーターのマルチコイル駆動と同様、コイルに誤差があるとノイズが発生するなど性能が落ちる。
 安田教授は、その誤差を解消するノイズ・シェイピング・ダイナミック・エレメント・マッチング(NSDEM)という回路を開発した。各コイルの電力特性の平均値を算出するとともに、過去の組み合わせパターンと時間軸をもとに100万分の1秒レベルの速さで最適な組み合わせを計算する。こうした緻密な制御で誤差を補償し、オーディオ品質の音を実現できるようにした。
 このNSDEMが、精度向上、消費電力低減など自動車駆動用モーターのレベルアップにも役立つとする。
 安田教授は「国内電力消費の半分ほどがモータとなっており、これを1%減らすだけで小さい発電所1カ所の電力を節約できる」とした。モーターは基本構造をそのままに、コイルをマルチ化すればデジタル駆動に対応できるため、汎用性の高い技術といえる。今後もさらに研究を進め、環境・エネルギー問題への貢献を目指していく。

◆デジタル駆動技術など研究

 法政大学の安田研究室には博士課程2人、修士課程16人、学部生12人の合計30人が在籍。デジタル直接駆動技術、半導体集積回路(LSI)をはじめ電気自動車、ドローンなどの制御、デバイスの研究を推進している。
 このうち原田康平さん(修士1年)は、アナログ・デジタル(A/D)変換器を研究。もともと電気に詳しくなかったが高校時代、家電量販店に通ううちに好きになった。それがきっかけで理工学部に進み、回路設計を志望して安田研究室に入った。
 A/D変換器はオーディオ用。高精度な低消費電力回路づくりに取り組む。自分の理論ではシミュレーションの結果が出ないことがあり、問題解決の難しさを知った。一人ではソリューションが見つからないときは、先生や先輩に助けてもらった。修士課程修了後は 博士課程進学もしくは半導体設計分野への就職を考える。
 田澤智也さん(同)は学部2年の修了時、先輩の雰囲気が良かったため所属先を決めた。研究テーマは、デジタル直接駆動技術によるスピーカーの駆動。さまざまな素材で試している。今は新たなスピーカー素材用のドライバ回路を開発している。具体的な就職先は検討中だが、メーカーの回路設計などを考える。
 吉田建さん(同)は、高校の頃から電子工作を楽しんできた。そして回路設計を勉強したいと考え、自然と理工系に進んだ。電子工作の延長でロボットなどを作っていたため、さらに制御を勉強したいと考え安田研究室に入った。
 現在はデジタルモーターを研究する。マルチコイル駆動を生かしたフェールセーフを手掛ける。モーター研究を通して回路・制御を研究したいという思いが満たされる。 
 修士修了後は就職を希望。3次元CAD、回路設計の経験を生かして組み込みなどの分野に進みたいという。

〈研究キーワード〉 デジタル直接駆動技術/デジタル直接駆動マルチコイルモーター/高効率化/高精度駆動技術/低電圧高出力/安全、フェールセーフ/デジタル直接駆動スピーカ(デジタルスピーカ)/高音質/RF回路技術(レーダー、携帯電話関連)/超高精度高速アナログーデジタル変換技術(オーディオ、測定機器)

〈学卒・院卒者の主な就職先〉 トヨタ自動車/日産自動車/ホンダ/スバル/スズキ/デンソー/アイシン精機/コンチネンタル・オートモーティブ/クラリオン/パイオニア/パナソニックITS/富士通ゼネラル/日本電産/マブチモーター/東芝/日立製作所/三菱電機/富士通/セイコーエプソン/村田製作所/京セラ/ローム/キヤノン/ニコン/ソニー/セイコーインスツルメンツ/島津製作所/東芝テック/アズビル/横河電機/理想科学/JR東日本/東武鉄道/JR東海/東京メトロ/NTT研究所/野村総合研究所