2020年に高速道路での渋滞で自動運転レベル3(システムの要請の応じて自動運転)の実用化、車種統一で搭載できる電気自動車(EV)用バッテリーパックの一括開発―ホンダが7月4日までに埼玉県和光市にある本田技術研究所ライフクリエーションセンターで開催した、研究開発技術を報道向けに公開する「ホンダミーティング2019」は、CASE(ケース)と呼ばれる自動車業界のトレンドを強く意識したものとなった。自動車産業の競争軸が大きく変わろうとしている中、CASE対応で出遅れが指摘されているホンダが生き残りをかけて社内改革を本格化させている。
今から15年前の2004年8月、本田技術研究所の栃木研究所(栃木県芳賀町)で開催されたホンダミーティング。BARホンダのF1マシンが爆音を響かせてテストコースを周回した。その後、マシンから降り立ってヘルメットを脱いだドライバーを見て集められた報道関係者は驚いた。当時、ホンダの社長を務めていた福井威夫氏だったからだ。「自動車メーカーの現役の社長がF1マシンを運転したのは初めて」と言われた。
ホンダミーティングはほぼ2年に1回のペースで実施している技術発表会だ。ジャーナリストや報道関係者、アナリストなどに、汎用機、二輪車、四輪車といったホンダが手がける製品の研究開発成果を試乗体験なども交えながら説明、開発担当のエンジニアと直接対話できる場だ。それが今回は様相が一変した。
体験できるのは完全自動運転車や空飛ぶクルマなどで、未来の自動車の利用を表現したバーチャルリアリティ(VR)のみ。発表した技術内容も電動技術や自動運転・先進運転支援システム(ADAS)、コネクテッドカー(つながる車)などが中心で、ホンダが得意とする内燃機関のハイパワー技術や低燃費技術は鳴りを潜めた。
従来、自動車業界の競争力は、燃費やパワーといったパワートレインに大きく左右されてきた。ホンダはF1に代表されるように内燃機関の技術力で他社をリードし、存在感を示してきた。しかし、現在の自動車産業のトレンドはコネクテッド(C)、自動運転(A)、シェアリング(S)、電動化(E)の頭文字をとった「CASE」と呼ばれる技術に競争の軸が移ってきている。CASE領域では出遅れが指摘されているホンダだが「自動車産業の大変革期に、先進領域の研究開発を強化していく」(八郷隆弘社長)方針を掲げ、今回のホンダミーティングでCASEに関する研究開発が目立った。
具体的には交通事故ゼロ社会に向けて、2020年に高速道路での自動運転技術を確立することを改めて表明した。高速道路での車線キープと、追い越しのための車線変更をハンドルから手を離した状態で自動運転するのに加え、渋滞時には、ドライバーがカーTVの視聴やスマートフォンを操作するなど、前方を見ていなくても自動運転する。これを実現するためにカメラ以外にも高価なセンサーであるライダー(レーザースキャナー)を5個、ミリ波レーダーも5個搭載する予定で、車両価格は高価になる見通し。「自動運転に対してどんな需要があって、どうやって顧客に訴求するか検討して商品化する」(八郷社長)構えだ。
また、一般公道では、交差点での右・左折や工事区間の譲り合いなど、ざまざまな場面で、車両や二輪車だけでなく、歩行者や自転車などの交通参加者の行動を予測して協調行動する必要がある。このため、画像認識AIで強みを持つ中国のセンスタイムと協力して開発する自動運転用AIを活用することを想定する。
電動化技術では、どの地域でも調達できるバッテリーセルで、セダンやSUVなど、ざまざまな車種に搭載できる共用のバッテリーパックを一括開発する。EVの基本的な構造を50:50の重量配分、リア駆動、大型平置きバッテリーパックをベースとして、リアドライブユニットをさまざまな車種で共用する。これによってコスト競争力の高いEVを短期間で品揃えすることを狙う。
ホンダはプラグインハイブリッドカーやEV、電動二輪車といった電動モビリティに加え、充電ステーションユニットや脱着式可搬バッテリー、水素ステーションなどのエネルギーサービスも手がけている。この特徴を生かして、電動車とエネルギーサービスをつなぐとともに、電力会社や充電サービス会社などともオープンで連携・協力し、再生可能エネルギーを最も効率的に利用するための「ホンダeMaaS」プラットフォームを構築する構想も公表した。再生可能エネルギーで発電した電力の余剰分を、電動車に搭載したバッテリーを充放電することで、ピークカットやピークシフトなど、電気の使用量と発電量を平準化する仕組みで、今後、幅広い企業に参加を呼びかけていく。
市場拡大が注目されるMaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)では、ラストワンマイルモビリティの移動手段として小型電動モビリティを開発するのに加え、ゼネラルモーターズ(GM)の自動運転開発会社のGMクルーズと共同開発しているライドシェア専用自動運転車を使ったサービスの研究を進めている。
コネクテッド領域では2020年に制御系ソフトウエアを通信で書き換える技術を実用化するほか、ガソリン給油や駐車料金の支払いをスマートフォンを使って車内でデジタル決済できる機能も搭載していく方針。
ホンダはCASE対応の本格化に向けて、4月1日付けで研究開発部門の組織を改正した。四輪車の研究開発部門だった「四輪R&Dセンター」と、ロボティクスやAI(人工知能)を担当する「R&DセンターX」について、先進的な研究に特化した「先進技術研究所」、MaaSを含めデジタル技術を活用して競争力を強化する「デジタルソリューションセンター」、そして市販化を前提に効率的に商品開発する「オートモビルセンター」に再編した。ITや先端分野の開発に注力する体制を構築するとともに、コンベンショナルなエンジンなど、機械系重視からデジタル技術の活用へとエンジニアの意識改革を図る狙いもある。
CASE対応では、さまざまな分野で大きな投資が必要となってくる。ホンダは2025年までに量産車の開発工数を30%削減する計画で、ここで生み出された工数を将来に向けた先進領域での研究・開発に充当してCASE関連の研究開発力を強化する。新設する「統括機能本部」が全体の戦略と経営資源の配分を管理し、選択と集中によって投資にメリハリをつける。「ホンダの技術者が挑戦できる環境を整えた」(八郷社長)としている。
内燃機関の開発では一目置かれていたホンダだが、自動運転や電動化では存在感が薄く、日米欧のライバル自動車メーカーから水をあけられているとの見方が強い。今回のホンダミーティングでも、実際に開発した技術の体験や試乗はほぼ皆無で、ホンダが開発しているCASE関連技術のプレゼンに終始し、実際に競争力のある技術を開発できているのかは実感できなかった。
これまで独立独歩の道を歩んできたホンダだが、GMとの燃料電池車や自動運転サービスでの提携、日立製作所との電動車両用モーター事業での協業など、「仲間づくり」にも乗り出しているのは「AIや自動運転などの先進技術のすべてを、1社単独で賄うことはできない」との危機感に現れだ。さらに研究開発部門の組織改正やエンジニアの意識改革によってCASE分野での出遅れを取り戻そうと必死のホンダ。世界の自動車業界の中で、内燃機関分野と同様に、CASE領域で存在感を示すことができなければ命取りになりかねない。
(野元 政宏)






















