マレリホールディングス(HD)のスポンサーに名乗りをあげたインドのマザーサングループ。1975年、ヴィヴェク・チャンド・セーガル氏とその母によって設立された。〝母と息子〟のような家族的経営の哲学が社名に込められているようだ。
当初は銀の取引を行っていたが、77年に電線製造に進出。83年には今の住友電装と技術提携を結び、自動車用ワイヤーハーネス(組み電線)の製造を始めた。この提携がマザーサンの転機になる。提携はやがて、住友電装との合弁設立へとつながり、印自動車産業と歩調を合わせてマザーサンが事業を拡大していく原動力になった。インドの乗用車最大手であるマルチ・スズキとも取引している。
93年にはインドの証券取引所に上場し、その後も積極的なM&A(合併・買収)を推進。英ビジオコープの自動車ミラー事業(2009年)を手始めに、独ペグフォームの内装部品事業(11年)、フィンランドの商用車ワイヤーハーネス大手、PKCグループ(17年)などを相次ぎ傘下に収めていく。これまでのM&Aは40件以上に及び、今や世界40カ国以上に製造拠点を持つ。
調査会社のマークラインズによると、ワイヤーハーネス、ミラーなどの「ビジョンシステム」、外装部品や燃料タンクなどの「モジュール・ポリマー製品」、「統合アッセンブリー」などが事業の柱で、モジュール・ポリマー製品とワイヤーハーネスだけで売上高の7割を占める。従業員は約18万9千人、売上高は約1兆6500億円(ともに24年3月期)。特定の国や製品、納入先に依存し過ぎないことや、地域ごとに意志決定を分散させるユニークな経営方針でも知られる。
マザーサンの成長戦略は、住友電装との長年にわたるパートナーシップに支えられてきた。住友電装は、マザーサンの設立当初から技術指導や資本参加を通じて同社の発展に寄与しており、現在も「サムヴァルダナ・マザーサン・インターナショナル」の株式の1割弱を保有する。
住友との関係もあるだけに、マザーサン首脳は頻繁に来日し「日本企業から技術を学んだといった思いも持ち、親日的でもある」(関係者)という。
近年は、その日系サプライヤーに注目し、23年には市光工業の自動車ミラー事業を買収。翌24年にはホンダ系サプライヤーだった八千代工業(現マザーサンヤチヨ・オートモーティブシステムズ)を傘下に収めた。
今回のマレリHDの支援検討は、マザーサンの世界展開を加速させる効果が期待できる。マレリHDはパワートレインや空調、照明、電子制御システムなどの各事業を持つ。マザーサンの製品ポートフォリオの拡充と新たな取引先の開拓につながる。
しかし、マレリHDの再建シナリオはまだ明確になっていない。邦銀勢はマザーサンを支持してきたが、私的整理は不調に終わった。「事業のことが良く分かるマザーサンが支援すれば、一番理想的」(関係者)との声もあるが、外銀側は別のスポンサー候補を立ててくる可能性もある。
あるメガサプライヤーの首脳は「インドは市場も大きく、これからの成長は間違いない。一方でそれほど強いプレーヤーがいるわけでもなく、主要なティア1(一次部品メーカー)にとって、事業戦略が注目される地域でもある」としつつも「マザーサンがマレリと協業できたとして、インドを軸にしつつ、大きく(事業を)強化できるかは不透明だ」とみる。
マザーサンの事業戦略やマレリHDとの関わり方は、グローバルな自動車サプライチェーン(供給網)に少なからず影響を及ぼす可能性もある。今後の動向が注目される。
(編集委員・山本 晃一)