かつては「ゴルフ」などを生産し、現在はEV専業となったVWの独ツヴィッカウ工場
ボルボは30年のEV専業化を撤回し、プラグインハイブリッドにも力を入れる(写真は「S90」)
BYDはハンガリーにEV生産工場を作る計画だ

 欧州の自動車メーカーが苦境に直面している。2024年12月期の通期純利益は、ドイツ国内工場の閉鎖検討まで追い込まれたフォルクスワーゲン(VW)をはじめ、メルセデス・ベンツ、BMW、ルノー、ステランティスがそろって減益となった。背景にあるのは電気自動車(EV)の失速に加えて、中国メーカーの攻勢だ。ブランド力や技術力の高さを武器に、世界で支持されてきた欧州メーカーはどこで目測を誤ったのか。

 きっかけは10年前にさかのぼる。米国でVWのディーゼル不正問題が発覚し、業界を揺るがす大騒動へと発展。当時から環境対応で先行していた欧州勢だったが、「クリーンディーゼル」は他社でも不正疑惑がささやかれるようになり、ディーゼルを軸とした環境対応は一気に厳しくなった。英・仏政府は17年、内燃機関車の発売を将来規制する方針を発表。欧州メーカーは開発の軸足をEVへと一気に移していくことになる。

 21年7月には、欧州委員会が気候政策「フィットフォー55」を公表し、翌年には欧州議会が35年に内燃機関車の販売を禁止することで合意。政府の補助金や充電インフラといった普及策を追い風に、各社はEVで産業競争力の強化を狙った。

 ところが22年、ロシアのウクライナ侵攻に伴うエネルギー価格の高騰により、目算は狂う。電気料金の上昇でEVの維持費は当初の想定ほど下がらず、電池製造に必要なリチウムやコバルトの価格も乱高下し、電池の調達コストも高止まった。さらに欧州最大市場のドイツで23年末、EVの購入補助金が1年前倒しで打ち切られたことが追い打ちとなり、24年の欧州EV販売は初めて前年実績を下回った。今や、欧州市場のパワートレイン別販売台数はハイブリッド車(HV)が最多だ。

 各社の収益を支えていた中国市場でも異変が起きる。政府の産業振興策を背景に比亜迪(BYD)など地場EVメーカーが急成長し、価格の手頃さと先進性で海外勢を駆逐。VWの24年の中国販売台数は約292万台と、19年から3割以上減った。中国市場では中国勢の圧倒的な開発スピードを前に、日本メーカーを含め海外勢の勝ち筋はいまだ見えていない。

 「一種のリスクある賭けだったと言える」。アリックスパートナーズ英国オフィスで自動車業界各社の経営を支援するアンドリュー・バーグバーム氏は、特にEV専用プラットフォーム(車台)への投資の危うさを指摘する。

 専用車台はEVならではのレイアウトを実現したり、コスト競争力につながる反面、ハイブリッドシステムを含め内燃機関の搭載は難しい。各社は数年先を見越して生産や商品計画を立てており、変更は容易ではない。かたや欧州では罰則付きの平均燃費規制もあるため、各社はEV販売が伸び悩んでもそう簡単にEVから手を引けない状況に追い込まれている。

 その状況下で経営を立て直すためには、各社とも生産能力の縮減と従業員の削減は避けられない。バーグバーム氏は事業再生の成功事例としてルノーの名を挙げる。ルカ・デメオCEO(最高経営責任者)は21年、「ルノーリューション」戦略で車台やパワートレインを集約し、生産能力も6年で2割以上減らすと宣言。コスト削減を進めた結果、24年12月期決算は営業利益が42億 ユーロ (約7千億円)と過去最高を更新。独自の2モーター式HVも武器に、いち早く収益を改善しつつある。

 反転攻勢を急ぎたい各社だが、足下には2つの難題がある。1つが中国メーカーの「欧州侵攻」だ。欧州委は輸出を強化する中国製EVを警戒して24年10月、メーカー毎に税率が異なる追加関税を発動した。ところが、すでに複数の中国メーカーが欧州への工場建設計画を進めている。ハンガリーやスペインなどは景気対策として中国系を含めた企業誘致に積極的だ。もっとも、今後は中国勢も経済安全保障の観点から部品の現地調達化を進めるとみられる。欧州の部品メーカーにとっては、購買力が落ちた欧州メーカーに代わる新たな供給先としてチャンスとも言えそうだ。

 米トランプ政権の追加関税も業績を引き下げる。メルセデス・ベンツやボルボ・カーは25年の通期業績見通しを相次いで撤回した。部品への追加関税の影響も大きく、バーグバーム氏は「サプライチェーン(供給網)にかかる関税に対して理解を深めてほしい」とクライアントに助言しているという。コロナ禍後も堅調だった米国事業の激変は、欧州や中国での低迷に頭を抱えている中で、大きな痛手となる。

 欧州メーカーは今、複数の困難に同時多発的に直面している。その中で、競争力のある新型車を投入し、事業再建へとつなげられるか。世界で初めてガソリン車を開発して以来、140年の歴史の中でもまれに見る大きな試練と対峙している。

(中村 俊甫)