人やクルマが行き交う都内をスムーズに走る
横断歩道の前の歩行者が渡る意思があるのか、AIが動作から推定する
カメラとレーダーに加え、夜間走行を意識してLiDARを搭載

 日産自動車の「次世代プロパイロット」は生成AI(人工知能)が車両を制御する。あくまでドライバーが運転責任を担う「レベル2」(高度な運転支援)の技術だが、一般道でもスムーズに走り、その完成度は高い。ストロングハイブリッド技術で出遅れ、新型車の投入ペースも鈍かった日産にとって、商品力を高める起死回生の一手となりそう。試作車への試乗から、AIと運転支援の未来を考える。

 「今日は複雑で難しいルートを走る。環境を言い訳にするのはナシだ」。日産のソフトウェアデファインドビークル開発本部AD/ADAS先行技術開発部の飯島徹也部長はそう語り、「アリア」ベースの試作車に記者を招いた。11個のカメラで車体の周囲を360度検知し、英ウェイブ・テクノロジーズのAIが状況を予測・判断してクルマを動かす。5個のセンサーで周辺の物体との距離を掴むほか、ルーフ上のLiDAR(ライダー、レーザースキャナー)1基は、高速道路や夜間のアクシデント回避に使う。

歩行者も割り込みもスムーズに回避

 試作車は東京タワー付近を出発後、新橋駅や銀座周辺を走行した。右車線には大型バスが走り、左側には路上駐車の車両がずらりと並ぶ。人間のドライバーですら身構えてしまう場面だが、AIは駐車車両の影から出てきた人や合流車両を見つけると、自然に減速。一時停止した横断歩道の前では、歩行者がスマートフォンを手に風景を撮影していると、「横断の意思がない」と判断したのか、ゆっくりと通過していった。

 30分強の試乗では、運転の滑らかさとAIの〝賢さ〟が強く印象に残った。「落とし所をわきまえているでしょう? 車両感覚は僕を超えている」。飯島部長が解説する。急な操舵や加減速もなく、同乗した記者は「車酔いもしなかった」と感心しきりだった。

 ウェイブのAIは0.1秒ごとに画像を処理し、周囲の景色や物体の変化を予測する。0.1秒ごとの認識能力は、運転に集中した人間と同等だという。情報処理能力は現行プロパイロットの1千倍にも達するが「消費電力は100㍗は超えない」(飯島部長)という。

 なぜウェイブは完成度が高い運転支援AIを作れたのか。飯島部長は人間の教育課程に例え「優れたAI技術者が作成した教育プログラムのおかげだ」と話す。「ウェイブ学園では運転に必要な『40教科』をAIに学ばせ、試験で評価し、能力不足があれば『補講』をして合格レベルに到達させる」(飯島部長)。初めて出くわす状況でも学習データを元に、最も近いシーンを参考にしながらクルマを導くという。

E2Eでルールベースの限界を突破

 日産は19年、高速道路でのハンズオフ技術を実用化したが、さらなる進化には苦戦し、米ウェイモやイスラエルのモービルアイとの提携も模索したが思うようにいかなかった。こうした中、24年春にウェイブと出会い、その完成度の高さからE2Eソフトの活用の道筋が一気に開けたという。ウェイブも4月に横浜市に開発センターを設け、事業拡大を目指している。

 飯島部長は「この技術を題材に『人間の能力とは何か』を語ることに意味がある」とも話す。従来型のルールベースのシステムでは運転を「認知」「判断」「操作」に分けた上でアルゴリズム(計算手順)をつなげており、認知や判断につまづくと途端に操作が止まってしまう。E2Eはカメラ画像さえあれば、AIが学習データを元に、次に起こる変化を予測するため、より柔軟な運転ができる。高精度地図や衛星による位置情報も不要で、車両側で運転制御が完結する。強い西日などでカメラ画像が上手く認識できない場合は減速し、人間側に緩やかに運転を委ねるという。また、2つ先の交差点の信号が赤だった場合、ムダな加速をしないなど人間並みの〝賢さ〟を感じる場面もあった。

 日産は次世代プロパイロットの実用化に向け、さまざまなシーンでの検証を繰り返し、万全を期す考え。信号認識は二重系にして、より信頼性を高める検討もしている。無線通信によるソフト更新も可能になる見込みだ。

 自動運転は本来、高齢者などの運転ミスを防ぎ、より安全な交通社会を目指すために開発された経緯がある。では、高度な能力を持つ次世代プロパイロットは「人より安全」として運転を任せていくのが望ましいのか。それとも、あくまで人間の監視下で「レベル2」として使い続けるべきか。〝人並み〟の運転が視野に入った今、今後の議論になりそうだ。

 長らく「安全はカネにならない」といわれていた自動車業界だが、スバルは「アイサイト」で指名買いによる顧客拡大につなげた。日産の次世代プロパイロットも、安全に対する価値観や、人とAIとの関係性を問いかけるだけの高い完成度を持つ。

 倫理的問題や〝ブラックボックス問題〟などのハードルを乗り越え、自動車市場に新風を吹き込めるのか、注目される。

(中村 俊甫)