水性塗料は採用のアピールポイントにもなる

 車の板金塗装(BP)で使用する水性塗料は、溶剤系塗料と比べて温度や湿度を考慮した取り扱いが必要なことから、導入に二の足を踏む車体整備事業者は少なくない。一方、環境面や塗装担当者の健康への配慮などに着目し、水性塗料を導入してきた事業者もある。各社はさまざまな課題を解決しながら、水性塗料の導入を実現してきた。多くのBP事業者にとって、決して乗り越えられない壁ではない。

 ホンダモビリティ南関東(高橋宗一郎社長、東京都世田谷区)の内製BP工場であるボディサービスセンター白井(千葉県白井市)は12年前、水性塗料に切り替えた。ホンダが完成車生産で水性塗料を使っていることと、塗装担当者の健康面から導入を決めた。当初は溶剤系とは異なる乾燥の手順に慣れなかったほか、塗装した部品にごみが付着してしまうなどし、「1台仕上げるのにとにかく時間がかかった」(斎木修一工場長)という。

 そのため、塗装ブースにごみが入らないようにし、スプレーガンの内部もきれいな状態を保つようにした。ただ、これは塗装作業における基本的な順守事項の一つ。基本を守ることで、余分な作業が発生しないようにしてきた。

 都内で車検・整備やBPを手掛ける榊原自動車(榊原雅隆社長、東京都板橋区)は、2021年10月にBP工場を移転。これを機に設備を一新し、水性塗料を導入した。鈑金・塗装部の大場靖敏さんは塗装する時の温度と湿度、その時に使った希釈水の量を記録し続け、それを参考に使用する希釈水の量などを決めてきた。このサイクルを繰り返すことで塗装の品質が安定したほか、作業時間の短縮にもつながった。

 水性塗料が定着しなかった経験を乗り越えた事業者もある。山梨共栄石油(中込徹社長、山梨県甲府市)が運営するトータルカーセンター共栄では、8年ほど前に水性塗料を取り入れた。塗装担当者らが塗料メーカーの講習会に参加して技術を習得したものの、トラブルが相次いだことで水性塗料を使う機運がいったんしぼんでしまった。転機は人事異動で、鶴田勝典次長がトータルカーセンター共栄を担当したことだった。トラブルの原因になっていたコンプレッサーの配管に付着した油分を、徹底的に除去するなどの取り組みを進めたという。

 着実に品質を改善したことで、今や水性塗料の使用割合は90%を超えた。雨宮剛所長は当時を振り返り、「何とかものにする」との思いで取り組んだと明かす。一度はあきらめた水性塗料が現在のBP業務を支えている。

 水性塗料のメリットについて、ホンダモビリティ南関東の斎木工場長は、「塗料の臭気に対するクレームがなくなった」ことを挙げる。納車時に車の所有者から「本当に塗装をしたのか」と聞かれるようになるほどだ。また、3年ほど前に水性塗料を導入したスピリテッド(川越隆二社長、埼玉県伊奈町)は、人材の採用につながったという。同社は塗装の様子などを撮影し、会員制交流サイト「インスタグラム」で公開している。これを見た今のスタッフが、ダイレクトメールで応募。その理由が「水性塗料を使っているところがほかになかった」(川越社長)ことだったという。

 榊原自動車の大場さんは水性塗料の導入が決まった際、「一人のペインターとしてうれしかった」と打ち明ける。溶剤系は扱いやすい一方、臭いがきつく作業者の負担が増しやすいためだ。実際、3年近く水性塗料を使っているが、臭いは気にならない。大場さんは「若い人が入ってきやすいのでは」と、採用面でも追い風になるとみている。

 スピリテッドの川越社長は、水性塗料による作業自体が「面白い」とも言い切る。思い描くイメージと、実際の作業がうまくかみ合えば高い品質を求めやすくなるためだ。自身も塗装の研究ができることで、「仕事を楽しんでいる」としており、スタッフのやりがいを高めることにも貢献できるとみている。

 月刊「整備戦略」9月号では特集「水性塗料の壁を乗り越える」を掲載します。