ガソリン車の販売を禁止する「ICE BAN(アイスバン)」の波が押し寄せている。欧州など世界各国に日本も追随し、2030年代半ばに乗用車を対象に新車販売の全てを電動車に切り換える方針を固めた。再生可能エネルギーのコストダウンや製造時の二酸化炭素(CO2)排出量の削減、電動系部品の安定供給と課題は多く、自動車業界にとっても難しいチャレンジにはなるが、厳しい規制は新しい技術革新を生み出す契機にもなる。自動車メーカーや部品メーカーは対応を急ぐ。
アイスバンの第一波が起こったのは約5年前。北欧を中心に始まった化石燃料を使用した車両を禁止する動きは世界に広がり、直近では米カリフォルニア州が35年に全ての新車をゼロエミッションビークル(EV+FCV)に切り替える方針を州知事が表明。英国では35年としていた禁止時期を30年に前倒しするとともに35年にはハイブリッド車(HV)の販売も禁じる方針だ。禁止時期は幅広いものの、早い所では南米のコスタリカが21年にガソリン車の販売を禁止する方針を掲げている。
ただし、現時点では世界的に高まる環境意識に応えるための政策的メッセージとしての側面が強く、議論が足りていないなど課題は多い。このため、ガソリン車禁止を法規化している国はなく、あくまで方針にとどまる。
ガソリン車禁止を巡る論点の一つが欧州を中心に議論が進み始めているライフサイクルアセスメント(LCA)の視点だ。LCAは、燃料の採掘から走行までのいわゆる「ウェル・トゥ・ホイール(油井から車輪まで)」に加え、部品や車体の組み立てから車両や電池の廃棄時まで含めた指標。特にバッテリーを製造する際のCO2排出量は多く、EVとHVを比較するとLCAでは数万㌔㍍から十数万㌔㍍を走行しなければトータルのCO2排出量ではHVの方が少ない。欧州では24年をめどにバッテリーのLCAラベル制度を導入する方向で検討している。日本政府などがEVの性能向上のために早期の実用化を期待する全固体電池も電解質の乾燥工程で液体電池以上のCO2を排出するという見方もある。
日系自動車メーカーが考える30年から40年ごろまでの最適解はHVやプラグインハイブリッド車(PHV)だ。25年頃までに全ての新車に電動車の機能を搭載する方針のトヨタ自動車は30年に電動車販売を550万台以上に引き上げる計画を掲げる。世界的なHV市場の拡大で計画は5年前倒しで達成する見通しだ。日産自動車も「e―パワー」のラインアップや展開地域を拡大し、23年度までにHVを軸に電動車販売台数を100万台以上に増やす。三菱自動車もディーゼルエンジンからPHVへの転換を加速し、30年に電動車比率を5割に高める計画を策定した。
一方、足元ではCO2排出量削減の効果が薄いEVだが、弱点だったLCAでのCO2排出量は再生可能エネルギーの活用拡大や生産効率の改善などで着実に低減が進む。
パワートレインシステム開発などを行うオーストリアのAVLの試算では、20年時点でEVがLCAで排出するCO2の量は15万㌔㍍走行するまでHVより多いものの、30年時点ではこの距離が約5万㌔㍍にまで縮まる。これは現在の流れの延長線上でCO2排出低減が進んだ場合のシナリオで、政府などがより強力に再エネなどの普及促進を進めた場合、EVのメリットはさらに引き出せるという。
変動が激しい再エネの供給量を安定化するため、再エネを使用して水を電気分解し、精製時にCO2を排出しない「グリーン水素」の量が確保できるとFCVのメリットも大きくなる。グリーン水素の量を確保できれば、水素と大気中のCO2を組み合わせ、燃料と混ぜ合わせる「e-fuel」の活用により、内燃機関(ICE)もカーボンニュートラルに限りなく近づけることが可能だ。
商用車や日本の軽自動車はコストの問題でEVやFCVへの切り替えが難しいとされるが、「聖域なく進めなければカーボンニュートラルは達成できない」と日本自動車工業会の三部敏宏環境技術・政策委員会委員長は考えを示す。内燃機関やHV技術を競争力にしてきた日本の自動車産業にとっては厳しい状況ともいえるが、産業革命前から50年までの気温上昇幅を1・5度に抑えるためにはカーボンニュートラルの実現が必須だ。
産業構造や自動車メーカーの競争力を大きく変えるリスクもあるが、中には「こんなに大きなチャンスはない」(日産の幹部)とポジティブに捉える声もある。厳しい規制は技術革新を生み出す糧にもなるためだ。
東京都では03年、石原慎太郎都知事(当時)がディーゼル車に対する厳しい排ガス規制を導入した。自動車業界からの反発は大きかったが、日野自動車はディーゼルハイブリッドバスを改良。いすゞ自動車は窒素酸化物(NOx)の排出を抑えた新型エンジンを開発し、規制を乗り越えた。日本政府がカーボンニュートラルを打ち出したことを受けてホンダの幹部は「今の技術ロードマップでは間に合わない。電動化を加速する」と技術革新を急ぐ考えを示す。
カーボンニュートラルやガソリン車禁止の潮流は部品メーカーにとっても大きな影響を与える。特にバッテリーメーカーには、国内産業の競争力を維持するための重要な役割がある。
経済産業省によると直近3年間で車載用電池の市場規模は約4倍に拡大しているものの、日本メーカーのシェアは3年前の35%(1位)から29%(2位)に低下した。HVの50~100倍の容量の電池を必要とするEV普及を見据え、日本の電池各社も生産能力拡充を進める。
一方、日本勢以上に積極的な設備投資で生産能力を拡大する中国・韓国勢に対する競争力を維持するため、各社は電池のバリエーション拡大や生産性の向上にも注力する。
エンビジョンAESCジャパン(松本昌一社長、神奈川県座間市)は車載用で主に用いられる三元系の電池に加え、正極にリン酸鉄リチウム(LFP)を使用する電池の生産を開始する。定置用や電気バスなど大型車の市場で確立される製品だが、同社が手がけるのは初めて。鉄はコストが安く、エネルギー密度の技術革新も進む。乗用車のエントリーモデルなどでの採用も視野に入れる。
東芝は、電解液に可燃物を含まない安全性を高めた水系の電池を開発した。現状はエネルギー密度が低く、車載には適していないが、車載用途にも今後の研究開発で適用させていくとしている。
トヨタ自動車とパナソニックの合弁会社、プライムプラネットエナジー&ソリューションズ(好田博昭社長、東京都中央区)は、経営全体にトヨタ流の原価低減のプロセスを用いて製品の競争力強化やコストダウンを徹底する。開発ではデジタル技術の導入で試作数を削減するほか、幅広いメーカーや車種で使用できるよう共通化を進め、開発から生産準備までの生産性を従来比10倍に高める。