バルブコアやトヨタ自動車向けの車体部品を主力とする太平洋工業が株式の非公開化に踏み切る。持ち合い株式の解消などを背景にアクティビスト(物言う株主)の活動が活発化する日本だが、同社は「中長期的な経営施策を積極的かつ迅速に実行するため」と説明する。なぜ、今なのか。
同社は1930年創業。62年に名古屋証券取引所第二部、63年に東京証券取引所第二部に上場した後、70年に第一部(当時)に上場した。創業者の故・小川宗一氏は、自動車部品の大半が輸入品だった当時、タイヤ用バルブコアの国産化を掲げた。現在、同製品の国内シェアはほぼ100%。7年前に同業の欧米系企業、シュレーダーグループ3社を買収したことで、世界シェアでも過半を握るバルブコア最大手に躍り出た。長期間にわたり高い気密性を保つ品質の高さと、補修用を含めた安定的な需要が同社の収益を支える。ただ、もともと技術志向が高く、鉄や非鉄、樹脂などさまざまな加工技術を持ち、近年はTPMS(タイヤ空気圧監視システム)のほか、物流品質を管理するセンシングロガーなどの新事業を手掛ける別の顔も持つ。
25日、MBO(経営陣が参加する買収)方針と同時に発表した2025年4~6月期業績は、売上高と営業利益が過去最高を記録した。そんな同社だが、発表資料には「欧米や中国を中心とした新興EV(電気自動車)メーカーの台頭」「部品業界においてもさらなる業界再編を予想」など厳しい言葉が並ぶ。
パワートレインが変わってもバルブコア需要は安定している。プレス事業でも、同社は主にルーフリンフォースなどアッパー(上部)部分を手掛けており、アルミ大型一体鋳造技術「ギガキャスト」の影響も限定的だ。「アンダーボディーで影響を受ける他のプレスメーカーがアッパーボディーに進出することで、今後いっそう競争が激化する可能性」(同社)はあるものの、直ちに屋台骨が揺らぐわけではない。
それでも、創業者のひ孫にあたる小川哲史社長(46)は、社長就任後1年が経過した2024年4月ごろから「足元の業績や株価に捉われることなく、施策を迅速に実行していくことが必要だ」との認識を持ったという。最終段階でもつれたシュレーダーグループとの買収交渉を土壇場でまとめた小川社長は株式の非公開化後、超ハイテン材の工法開発投資や日米での電動車部品の生産能力増強、インド市場を見据えたASEAN(東南アジア諸国連合)拠点の強化など、さまざまな経営施策を矢継ぎ早に実行する予定だ。
同社について、アクティビストの動きが活発化しているという話は聞こえてこない。それでも株式を非公開化すれば、中長期目線で投資を実行しやすくなり、買収リスクもなくなる。情報開示事項への対応など、近年、増大傾向にある上場維持コストも負担せずに済む。
故・宗一氏が私財を投じて40年前に設立した小川科学技術財団は、岐阜県下の研究活動や学術教育を長年にわたって支援している。株式の非公開化で採用や資金調達で上場企業に劣後する可能性はあるが、もともと地元では有力メーカーとして知られる。
自動車部品で世界最大手の独ロバート・ボッシュは、株式の大半をボッシュ財団が保有するが、財団は議決権を持たず、逆に株式を持たないボッシュ工業信託合資会社が議決権を行使するという「株主と経営の完全分離」というユニークな統治で知られる。小川社長は4月「まさしく今は先行き不透明だ。正しく素早く行動できるようにしたい」と話していた。
30年には創業100周年を迎える同社。社名の「太平洋」には「小川のせせらぎが大海原へ広がる」との創業者の思いが込められている。新たな統治形態で〝次の100年〟に臨む。
(堀 友香)



