中国勢が品質面でも伸長することで市場の脅威に(イメージ)
トヨタ車の新車装着タイヤとして初めて中国ブランドが選ばれたことで、格好のイメージアップ戦略に(ZCのプレスリリースより)
リンロンのセルビア工場開所式典。「完全な自動化とデジタル管理を実現した」とうたう新拠点を欧州攻略の足掛かりにする
足元の好業績に笑顔(住友ゴム・山本悟社長)

 タイヤ産業の国際競争が過熱している。規模の経済と技術優位性を強みとしてきた日欧米のトップ勢は「量から質へ」の転換を迫られ、苦境にあえぐメーカーも現れ始めた。一方で、中国勢も一足飛びに技術力を飛躍させ、完成車メーカーへの納入実績を重ねるなど「安かろう悪かろう」のイメージを塗り替えつつある。

 「稼ぐ力が下降している。強い危機感がある」―。ブリヂストンの2024年12月期決算説明会。石橋秀一グローバル最高経営責任者(CEO)は、厳しい表情を浮かべた。同社の純利益は約2850億円と国内他社を圧倒するが、期初予想を700億円も下回り、前期比でも1割超減少した。もっとも、営業利益率は減益局面でも10%超えと、言葉ほどには稼ぐ力に陰りがあるわけではない。

 減益要因に挙げるのが、24年からの3カ年中期経営計画で掲げる事業再構築の遅れだ。プレミアム商品群へのシフトや生産能力の絞り込み、老朽拠点の更新・閉鎖などにより「最悪期は脱した」(同)が、南米事業などのてこ入れが思うように進まなかった。世界2位のシェアを誇る巨体にメスを入れるのは、容易ではない。

 さらなる立て直しに向け、当初は中計3年間で計1兆4千億円としていた設備投資費を2千億円削減すると決めた。25年はこの差額から事業再構築費用として1千億円を捻出し、その大半を米ラバーン工場の閉鎖に充てるなど、守勢がにじむ。

 対照的に晴れやかなのが国内のライバルだ。住友ゴム工業は、売上高、営業利益とも過去最高となり、3月に発表した長期経営戦略では、30年に事業利益率15%を目指す方針を打ち出した。3期連続最高益となった横浜ゴムは、現3カ年中計の最終26年度に売上高1兆2500億円とする目標を掲げ、事業規模で住友ゴムを射程に捉える。

 2社に共通するのが、近年の大規模投資だ。住友ゴムは今年1月、米グッドイヤー(GY)から欧米タイヤ事業での「ダンロップ」商標権を約820億円で買い戻した。今後はグローバルで統一されたブランド戦略を打ち出し、手薄だった欧米完成車メーカー向け新車装着需要の開拓や、高付加価値路線の加速を狙う。

 横浜ゴムも2月、GYから鉱山・建設用車両向けタイヤ(OTR)部門を約1400億円で取得した。同社は16年にオランダのアライアンス・タイヤ・グループ、23年にスウェーデンのトレルボルグ・ホイール・システムズを傘下に収めている。相次ぐ大型買収で、オフハイウェイタイヤ(OHT)領域のトップランナーとしての足場固めに余念がない。

 こうした大規模ディールの引き金の一つに、GYの業績悪化がある。仏ミシュラン、ブリヂストンに次いで世界3位のタイヤメーカーもまた、近年は巨体ゆえの不振にあえぐ。メイン市場である北米以外で競争力や収益性が低下していたにもかかわらず、退潮に対して機敏にリソースを〝手じまい〟できず、23年には1千億円近い最終赤字を計上。ダンロップ商標やOTR部門の放出を余儀なくされた。

 日本勢では4番手ながら、北米事業の好調などを追い風に営業利益率は16%と抜きん出るトーヨータイヤ。今年2月の決算説明会では、年内にもセルビア工場をフル生産化する計画を示した。22年に稼働した同工場では、翌23年中にも年産500万本規模のフル生産に移行する予定だったが、延期が続いていた。メイン市場の北米にも供給するマザー拠点の生産増により、さらなる躍進を狙う。

 ところが、そんな〝お膝元〟のセルビアに不穏な動きがある。

 24年9月、中国・玲瓏輪胎(リンロンタイヤ)の欧州法人は、セルビア工場稼働を発表した。同社によると、中国メーカーが欧州で本格的にタイヤ工場を操業するのは今回が初めてだという。開設式典にはアレクサンダル・ブチッチ大統領も駆けつけ、期待の高さを見せつけた。

 リンロンは欧州プロジェクトと銘打ち、少なくとも10億米㌦(約1500億円)近くを投資する計画を打ち出す。年間1500万本規模の生産体制を整え、日欧の完成車メーカーの新車装着タイヤとしても積極納入していく青写真だ。人工知能(AI)などの先端技術を統合した「グリーン、クリーン、文明的、リーン」な新工場は、中国勢による欧州市場攻略の狼煙(のろし)となる。

 同じ中国メーカーでは、最大手の中策橡胶(ZCラバー)も存在感を高める。中国勢として唯一世界シェアトップ10に食い込む同社は3月12日、トヨタ自動車が中国で展開する新型電気自動車(EV)「bZ3X」の新車装着タイヤサプライヤーに選ばれたと発表した。同モデルは、トヨタと現地合弁の広汽トヨタが共同開発、販売する。ZCによると「世界最大の自動車メーカーが中国本土のタイヤブランドと提携するのは初めて」だといい、自社製品が「世界の自動車メーカーの厳しい要件を満たす能力を実証」したと喧伝する。

 同時にZCは海外戦略として、北中南米市場に狙いを定める。アジア圏以外では初めての海外工場をメキシコに建設し、25年末までに稼働する計画だ。年間生産能力は1350万本規模に達する。日欧米のタイヤメーカーがシェア上位を占める補修用タイヤ市場がまずは主戦場となるが、新車装着で〝トヨタお墨付き〟を得たことで、完成車メーカーのさらなる開拓も現実味を帯びる。

 足元ではトランプ関税をはじめとする国際的な通商政策の変動を受け、中国本土からの対外輸出環境には不透明さが増す。こうした情勢も、中国タイヤメーカー各社の〝地産地消〟戦略にとっては弾みとなりそうだ。

 世界的メーカーを4社も有する日本国内でさえも「アジアンタイヤは認知度も上がり、低価格志向の顧客ニーズを捉え実績は堅調」(オートバックスセブンのバイヤー)という。迎え撃つ既存タイヤメーカーは、技術力に裏打ちされた「質」を武器に差別化を図るものの、中国勢の「リープフロッグ」にどこまで太刀打ちできるか、明快な答えはないままだ。

(内田 智)