安値競争と一線を画すタイヤ技術にめどをつけた(昨年7月)

 住友ゴム工業にとって10年越しの〝悲願〟がかなう。欧米やオセアニア地域における四輪車用「ダンロップ」ブランドの商標権を5億2600万㌦(約826億円)で米グッドイヤー・タイヤ&ラバーから取得する。安値競争と一線を画すタイヤ技術の確立にはめどをつけたが、この技術を世界展開する上で足りなかったのがブランド力だ。中韓勢が存在感を増す中、ギリギリのタイミングでダンロップブランドを取り戻した。

 住友ゴムはもともと英ダンロップの日本法人が源流だ。1980年代に本家の英ダンロップを買収後、グッドイヤーとも99年に資本提携し、ダンロップやグッドイヤーなどのブランドを世界で展開していた。その後、韓国勢などの台頭で業績が悪化したグッドイヤーは14年、「住友ゴムが反トラスト法に違反している」として提携の解消を申し入れる。

 翌年の提携解消後、住友ゴムは「欧米に自社工場を持てない」という制約がなくなったものの、北米(日系自動車メーカー向けを除く)、欧州、オセアニアではダンロップブランドを使えなくなり、代わりに自社ブランド「ファルケン」を展開してきた。しかし、海外事業を伸ばしたい同社にとって、100年以上の歴史と世界的な知名度を持つダンロップはぜひとも必要で、3年ほど前から商標権を取り戻す機会をうかがっていた。

 大きなチャンスとなったのが先進国タイヤメーカーの業績悪化だ。特に中国メーカーの低価格タイヤがシェアを伸ばす中、ブリヂストンやミシュランなど先進国タイヤメーカーは軒並み苦戦しており、工場閉鎖が相次ぐ。グッドイヤーもマレーシア工場などを閉鎖した。しかも、グッドイヤーは北米で日系以外の自動車メーカー向けのダンロップの商標権を持つが「ほとんど有効活用されていない」(住友ゴム)状況もあった。

 住友ゴムとして、欧米でのダンロップブランド展開を急ぎたい事情もあった。社運を賭けた「アクティブトレッド技術」の存在だ。水に濡れるとゴムが柔らかくなってウエット性能が高まり、温度が下がってもゴムが硬化しないため、スタッドレスタイヤ並みの性能を持つ。乾燥路でも雪道でも走れるオールシーズンタイヤ技術だ。

 住友ゴムは昨年、この技術を搭載した市販タイヤ「シンクロウェザー」をダンロップブランドで日本市場に投入した。高い収益を確保でき、住友ゴムが目指す「量から質」への転換を進める上で重要な戦略タイヤとなる。27年には欧米にも展開し、足元で4割のプレミアムタイヤ比率を30年に6割に高めるシナリオを描く。

 しかし、ファルケンでは自動車メーカー向け、市販向けとも海外での拡販に限界があり、グッドイヤーの業績が悪化した今が好機とみて商標権取得に動いた。今後はオールシーズンを含め、ダンロップブランドでプレミアムタイヤの品ぞろえを充実させていく。スポーツ用品事業との連携も強化する考えだ。

 とはいえ、住友ゴムも米タイヤ工場の閉鎖やガス管事業からの撤退など、事業の選択と集中を進めている。開発した差別化技術を成長の柱に据えるため、巨費を投じてダンロップブランドを取得した住友ゴム。存在感を増す新興勢力に対抗して独自の戦略で生き残るため、大きな賭けに出た。

(編集委員・野元 政宏)