装着義務化対象は4万4千台

 送迎バスへの幼児置き去り防止装置の設置が、4月に義務化された。部品や用品のメーカーなどでは、年初から商品を次々に投入。政府のガイドラインをクリアしたと認定された70以上の製品は、内閣府(現在はこども家庭庁)のホームページ(HP)で確認できる。しかし、HPへの掲載が始まった1~2月ごろ、業界内で「認定品でガイドラインを満たさない部品を使った商品があるのでは」と話題になるようになった。一体、どういうことだったのか。

 国土交通省は2022年12月、「送迎用バスの置き去り防止を支援する安全装置のガイドライン」を策定した。置き去りによる悲惨な事故を防ぐのが目的で、子どもの命を守るため製品の仕様や要件はかなり細かく規定されている。この一つが、酷暑や極寒の中でも使われる送迎バスを想定した温度条件だ。例えば「マイナス30度~同65度の条件下での作動」などを求めている。

 話題になった製品(メーカーをA社とする)に使われていた、ある部品の使用可能な温度範囲は「マイナス10度~同50度」。この部品は大手メーカー製の汎用品で、性能は同社のHPでも公表している。A社のHPに掲載されている製品写真の中に、この部品が確認できる。一見してガイドラインを満たしていない部品があったため、疑問に思った関係者が多かったのだ。

 日刊自動車新聞が政府側に取材すると、「そういう部品があっても、商品全体として稼働テストをして問題がなければそれでいい」ということだった。A社もこうした見解に基づき、自社で稼働テストを実施。無事に作動が確認できたため、文書を提出して政府も認定した。A社側は、政府が定めたルールに違反はしていないことが分かる。

 各製品がガイドラインをクリアしているかどうかは、内閣府(当時)の委託を受けた国土交通省の所管法人である日本自動車輸送技術協会(JATA、内藤政彦会長)が行っている。ただ、担当者は数人で、原則、文書による審査だ。JATA自身でテストはしないという。さらに、メーカー側がどのようなテストをするのかに、ルールはない。ガイドラインには「道路運送車両の保安基準の細目を定める告示 別添78盗難発生警報装置の技術基準」を参考にするよう書いているが、必須条件ではないという。

 事実上、幼児置き去り防止装置は、検査を行う環境や手法がメーカーごとに異なっている。統一条件ではないため、検査結果の精度の裏付けができない可能性もある。「メーカーが大丈夫だったと判断しても、どの程度信頼できるのか分からないのではないか」といった指摘が、業界内でも出た。疑問に思った企業が国交省に直接問い合わせたケースもあった。

 政府の担当者は「昨年秋に幼児の死亡事故があり、23年夏までにバスに装置を取り付ける必要があった。国ですべての使用シーンを想定して(ルールなどを)厳格に定めるのは難しい」と説明する。ただ、現状はメーカー側が作為的に試験を行った場合、見抜くのが難しい。こうした恐れに対しては「一定の範囲でメーカー側を信用している」とした。

 製造元のデータはガイドラインを満たさない部品を使った置き去り防止装置は、A社以外にどのくらいあるのか。こども家庭庁の安全対策課に問い合わせたものの、質問への直接的な答えはなく、「政府認定の製品には問題はない」との趣旨の回答があっただけ。現状は分からないままとなっている。

 

〈記者の目〉

 政府のガイドラインで、必要な試験の条件を定めるべきだった。ある有力メーカーでは安全性を担保するため、国際標準化機構(ISO)の規格に沿った試験を行っていた。ただ、今回は規模も業種もさまざまな分野の事業者の新規参入が目立つ。こうした中で、メーカーによって常識的な安全性への認識に差が生じ、品質に影響する恐れがある。特に、幼児置き去り防止装置は子どもの命に関わるもの。故障や不具合の可能性は最小限にしなければならない。悲惨な事故を防ぐため、義務化を急いだ政府の姿勢は評価できるが、時間がなくても明確な基準を設けるべきだった。

 取材には半年かかった。反発も受けた。「稼働テストで問題なし」という企業の文書さえあれば、〝万が一の責任は企業にある〟と言うことができる、というニュアンスを政府側に感じたこともある。メーカー側は許認可権を持つ政府ににらまれたくはない、余計なことを言って巻き込まれたくないという雰囲気があった。

(後藤 弘毅)