マツダが積み上げてきたブランド価値を死守できるかの瀬戸際に立たされている。新型コロナウイルスの感染拡大で新車需要が落ち込む中、6月以降も国内外で生産拠点の稼働を一時停止するなど、生産調整を実施して在庫水準の適正化に注力している。在庫が増えれば値引き販売が横行し、2012年に市場投入した「CX-5」を機に展開してきた商品主導で成長するブランド戦略が大きく後退する。マツダのブランド戦略は正念場を迎える。


マツダでは、欧米で新型コロナウイルス感染が急激に拡大し、ロックダウン(都市封鎖)などによって欧米の販売店の稼働率が下落しはじめた3月16日の週から出荷を中止、迅速に生産調整に乗り出した。各販売店から各工場に新車を発注する従来のやり方を停止し、マツダの広島本社で社長を座長とする緊急対策会議を毎日開いて各国政府の規制や営業活動への影響についての情報を収集するとともに、週ごとに各販売店の稼働状況や在庫に関する情報を集約し、出荷をコントロールする方式に切り替えた。


中国を除く販社在庫は、20年3月時点で前年と比べて約4万5千台増えたが、5月10日までに約1万5千台在庫を削減した。新車販売の低迷を踏まえて、4月以降、約13万台生産調整する計画で、さらに6月以降も在庫の適正化に向けて生産拠点の稼働を一時停止する予定だ。


新型コロナウイルス感染拡大で、市場環境が大きく変わる中、マツダが在庫圧縮にとくに注力するのは、これまで積み上げてきたブランド価値が棄損するのを防ぐためだ。マツダは12年から展開した新世代商品群でモデルを一新し、他社と差別化した先進的な「スカイアクティブ技術」を搭載するなど、商品主導の成長戦略を進めてきた。販売活動でも「正価販売」を掲げて、クルマの価値を訴求、値引きに頼らないブランド戦略を推進し、台当たり収益が改善するなど、一定の成果が上がっていた。

マツダが5月14日発表した20年3月期連結業績ではグローバル販売台数が前年同期比9%減の141万9千台となったが、営業利益の増減益要因での販売台数・構成差は183億円の増益要因となった。インセンティブ抑制や値上げの効果で500億円、モデルミックス改善で150億円の増益効果が販売台数のマイナス分をカバーした。

新型コロナウイルス感染拡大で、市場が急激に縮小すると、在庫が積み上がり、これを処理するため、インセンティブ競争に巻き込まれる懸念がある。マツダは過去、販売不振から在庫が増加、値引きによって販売を促進してブランド価値が低下、そのせいでさらに販売が落ち込むという悪循環を繰り返してきた。今回も在庫の増加で販売店が以前の「値引き」中心の販売活動に戻り、せっかく積み上げてきたマツダ車のブランド価値が棄損することを最も懸念する。
ブランド戦略が奏功し、マツダの業績はここ数年、比較的安定して推移していたため、手元資金は5680億円を確保している。さらに新型コロナウイルス問題が長期化するのに備えて複数の金融機関から合計3千億円規模を資金調達する予定で「一定の手元流動性を確保できている」(藤本哲也常務執行役員)。運転資金不足から値引き販売に走るリスクは抑えられる見通し。このため「在庫の絶対量を減らすとともに、回転率の早さを重視するなど、在庫の中身を強化していく」(古賀亮専務執行役員)方針で、在庫削減のためには、生産性が悪化する減産を継続する構え。

マツダは、19年度からスタートした中期経営計画で2025年3月期に新車販売台数180万台、売上高4兆5000億円と、売上げ・台数を増やすことを掲げた。20年3月期業績は売上高が3兆4303億円、新車販売141万9000台で、新型コロナウイルス感染拡大という未曽有の危機で、成長戦略は出足からつまづいた。「ブランドを高める投資は緩める気はない」(古賀専務)とするマツダ。今後、市場環境が激変する可能性がある中で、台数・売上げ成長とブランド戦略の両立をどう維持していくのか、大きな試練を迎える。

(編集委員 野元政宏)