事業承継の選択肢は、後継者への引き継ぎに加えM&Aも増えている

 会社を将来にわたって続けていくためには、事業承継は避けて通れない。自動車整備業の場合、経営者の親族や部下が経営を引き継ぐことが多い。一方、最近では他の整備事業者や自動車関連企業がM&A(合併・買収)を行い、整備事業者を傘下に収めるケースが増えている。そのM&Aも、実際にまとまるのは一部にとどまる。さまざまな案件を手掛けてきたコンサルタントは、失敗の要因の一つに「勉強不足」を挙げる。

 小野瀬自動車(茨城県ひたちなか市)の小野瀬征也社長は会社勤めを経て、2016年6月に同社の経営を引き継いだ。当時は工場内にタイヤやバッテリーが高く積まれるなど、雑然としていた。経営状況も、金融機関からは新規の融資が受けられない厳しい状態だったという。小野瀬社長は電話などで車検の入庫誘致に力を入れるとともに、車両や保険の販売にも取り組んだ。

 また、整備士には「お客さまに自分の技術を伝えられる整備士になろう」と言い続け、採用でもこうした考えに共感する人を選考してきた。これらの取り組みが奏功し、社員数は就任当初の6倍以上の37人となり、24年度の売上高も9億2千万円に伸ばし「全く別の会社になった」(小野瀬社長)と評価する。

 M&Aを選んだのは、武蔵野自動車(田中克昌社長、東京都小平市)。24年6月に株式をサンタックス(同、東京都千代田区)に売却した。当時、武蔵野自動車の社長だった早川征一郎相談役は、もともと自身の次男を後継者とする予定だった。しかし、引き継ぎの時期をめぐって意見が衝突。長男では会社を任せるのは難しいと判断。多店舗展開を進めていたサンタックスに、経営のバトンを手渡した。

 田中社長はM&Aを決めるポイントとして、①行動できる範囲にある②指定工場③人と設備がしっかりそろっている―を挙げる。決算書で広告宣伝費や役員の借入金、交際費を重点的に調べるのは、中小企業の経営者にありがちな「会社の財布を自分の財布と一緒にしている」(田中社長)ことがあるからだ。仲介会社から依頼があっても、ほとんどはこの段階で見送るという。

 損害車の買い取りやリサイクルなどを手掛けるタウ(さいたま市中央区)は22年からこれまでに、3社の整備事業者のM&Aを行った。宮本明岳社長は、「価値観や経営哲学が合致しないとうまくいかない」と話す。そのため、M&Aした整備事業者とは、信頼関係の構築を最優先している。出向した役員や総務、経理担当社員らが1年間かけて社員との個人面談を行うという。22年に子会社したオートフレンド(鑓水一弘社長、仙台市宮城野区)は同社が持つノウハウをグループに展開するなど、成長に生かしている。

 整備業のコンサルタントなどを手掛けるトライフォース(東京都世田谷区)の長屋勝利氏は、自身も経営していた整備工場の廃業を経験した。M&Aの案件で経営者の説得に関わることもあるが、失敗する事業者は「勉強していなかったり、情報収集をしていなかったりする」とみている。加えて、仮に廃業を選択した場合でも「やるべき手順や周囲に仁義を切る順番がある」とも指摘する。

 コンサルティングを手掛けるフォーバルの山田健一事業承継支援部長は、最も多いとみられる親族間での引き継ぎにも注意を促す。「お互いの考えを共有しないまま事業承継を行うと、双方がこんなはずではなかったとなる」という。例えば、整備の仕事が好きな子どもが受け継いだとしても、管理業務もこなしていかなければ立ち行かなくなる。山田部長は、「経営者になることを伝えるのは親の責任」と、事前に心構えを説くことも必要としている。

 月刊「整備戦略」6月号では特集「事業承継の選択」を掲載します。