豊かな経験や優れた技能を持つシニア人材を定年後も好条件で処遇する動きが自動車メーカーで広がる。トヨタ自動車は再雇用の期限を65歳から70歳へ延長した。スズキやヤマハ発動機は再雇用者が果たす役割や業務量が定年前と変わらない場合、給与も定年前と大きく変わらないようにする。ヤマハ発は体調にも配慮し、短縮勤務も採り入れる。総務省の労働力調査によると、60歳以上の就業者数(2023年)は約1468万人と、統計を取り始めて以降、過去最高だ。各社は処遇の見直しでベテラン人材の士気を保ち、人手不足の緩和や技能の伝承を目指す。
トヨタは、これまで再雇用の期限を65歳までとしていたが、8月に70歳まで延長した。60~65歳までの再雇用で従来と変わらない役割を担う場合の給与水準は定年前と同等で、65歳以上でも再雇用時の給与を維持する。専門の知識や技能を持ち、若手の育成などを担える人材に活躍してもらう狙いだ。
いち早く定年を65歳まで延長したのはホンダだ。同社は60~65歳の間に任意で定年できる選択定年制を17年に導入し、定年までは60歳以降も給与水準を維持する。24年6月からは、新たに65歳以上の再雇用制度を導入した。高い専門知識を持つフェローやエンジニア、マネジメント職が対象で、給与水準も65歳前と同じだ。
再雇用者の処遇を改善するのはスズキとヤマハ発だ。スズキは今年4月に見直しを済ませ、ヤマハ発は来年1月から見直す予定だ。両社で再雇用を希望する従業員は9割を超える。これまでは給与が下がる一方で、業務量は定年前とほぼ変わらないケースが多く、スズキの福田尚人事部長は「モチベーションの低下がみられていた」と話す。両社とも、再雇用者に求める役割や業務量が定年前と同じ水準の場合、給与も同水準を維持する。スズキは、再雇用者に異動や出向などを求める可能性もあるという。
高齢になると持病があったり、体調を崩しやすくなる。また、仕事以外の趣味や地域活動に時間を割きたい人も増える。このため、ヤマハ発は基幹職と技術職、業務職などで構成する一般職の一部で短日勤務制を採用する。牧野敬一朗人事戦略部長は「シニアになると個人差が大きくなるので、この差を受け止めるための仕組みも導入する」と話す。
少子高齢化が進む日本。政府は技能実習制度に代わる外国人材の「育成就労制度」を27年ごろにも導入する見通しだが、日本での就労自体の魅力が薄れているとの指摘もあり、人手不足解消の切り札になるかどうかは未知数だ。また、開発や生産現場で進むデジタル・トランスフォーメーション(DX)の実効性を高めるためにもベテランが持つ知識や技能が欠かせない。各社は処遇を含めたシニア人材の就労環境を整え、こうした課題に対処する考えだ。