サプライヤーは数量の大きい部品を受注するため遡った値下げ要求をのむことも
納入先の理不尽な要望を耐え忍ばなければ…
ピラミッド構造の自動車産業は価格転嫁が遅々として進まない
海外メガサプライヤーには契約通りの金額を支払い価格転嫁も容認
自動車メーカーを〝ケイレツ〟サプライヤーで下支えする構造の転換が始まった
経産相と自工会の意見交換会

 1954年制作のハリウッド映画「ケイン号の叛乱」は、第二次世界大戦中、掃海駆逐艦ケイン号で、偏執症の傾向のある新任艦長の理不尽さに乗組員が不満を募らせ、緊急時に艦長を解任して指揮権をはく奪するという物語だ。艦長は艦内という限られた空間の中ですべての権限を持つ絶対的な存在だが、その艦長に理不尽な振る舞いがあったとしても盾付くことは難しい。

自動車業界がスケープゴートに

 自動車産業は、自動車メーカーを頂点に、ティア1(一次部品メーカー)、ティア2(二次部品メーカー)と連なるピラミッド構造で成り立っており、垂直統合型の代表的な産業だ。ピラミッド構造の下に行くほど企業規模が小さくなり、取引打ち切りを恐れて納入先に「モノ」が言えず、価格交渉などで納入先の理不尽な要求を受け入れざるを得ないケースもあったという。

 歴史的な物価高による経済の低迷を懸念する政府は、原材料やエネルギーコストなどの価格上昇分を取引価格に転嫁し、中小・零細企業の賃上げを実現することで、経済の好循環を生み出す取り組みを進めてきた。政策を推進する上でのスケープゴートとして目を付けたのがピラミッド構造のすそ野が広く、価格転嫁が進んでいない自動車産業だ。2022年末から公正取引委員会が中心となって「下請けイジメ」の撲滅に躍起になっている。

 公取委は22年12月、「優越的地位の濫用」に関する緊急調査で、原材料やエネルギーコストなどの上昇分を取引価格に転嫁するための協議をしなかったとして13社・団体名を公表した。この中に大手自動車部品メーカーのデンソーと豊田自動織機の2社が入った。デンソーは社名公表を受けて副社長を調達グループ長に任命するとともに、取引先と丁寧に交渉していく体制を整えたとしている。豊田自動織機はすべての仕入先に対してアンケートを実施するなど、対応した。

 それから約1年が経過したが自動車業界の取引適正化の問題は解消するどころか、逆に問題が拡大している。24年2月に公取委は自動車用エアコンなどを手がけるサンデンが下請け61社に対して、生産が終了するなど、部品を発注する予定がないのに自社の金型を無償で長期間保管させていた行為が下請法違反に当たるとして再発防止を勧告した。

 続いて3月には、日産自動車が下請法違反で公取委から勧告を受けた。日産は国内の取引先中小部品メーカーなど36社に対して、納入先の了承なしに、発注時に決めた金額から一方的に部品購入価格を減額していた。公取委の調べによると21年1月~23年5月までに減額した総額は約30億円にのぼる。その規模が大きいことや、自動車業界にはびこる「下請けイジメ」の典型例として公取委は日産のケースを特に問題視、経営責任者が中心となって社内順法管理体制を整備することまで求めた。

 さらに3月15日には、下請け企業に対して適正な価格転嫁に応じていない企業として10社の社名を公表したが、自動車業界ではダイハツ工業、三菱ふそうトラック・バス、日野自動車の子会社の部品メーカーのソーシンの3社が対象となった。

 自動車メーカーとサプライヤーで、取引価格の適正化問題が後を絶たないのは、ケイレツ取引が背景にある。日本の自動車メーカーは、資本関係があったり、取引が多かったりする、いわゆる「ケイレツ」のサプライヤーとともに取り組む原価低減が競争力の源泉となっている。サプライヤーの工場など現場にまで入ってコストダウンにつながる取り組みを検討し、場合によっては部品の設計や材料の変更を認めるケースもある。こうした活動で得るコスト削減効果は自動車メーカーと部品メーカーで折半する。原価低減活動は日本の自動車メーカー、サプライヤーの競争力につながっていると同時に「持ちつ持たれつ」の密接な関係を生み出している。

 それだけではない。部品メーカーは主要納入先の自動車メーカーの販売数量の多い人気モデルの部品を受注できるかが業績を大きく左右する。つまり部品の発注先を選別する自動車メーカーがサプライヤーの生殺与奪権を握っている場合もあるということだ。大手ティア1がケイレツの頂点に存在する自動車メーカーの部品納入価格の定期的な値下げ要請に応じて協力するのも、期末などに自動車メーカーの調達コスト削減目標が未達の場合、部品納入価格を遡って引き下げる要求を認めるのも、ケイレツ取引を継続して生き残るためだ。これら「あってないような取引価格」は日本の自動車業界特有の商習慣となっている。