ルネサスの柴田社長(左)とアルティウムのアラム・ミルカゼミCEO

 「これまでの過去数年、何件か買収してきたが、今回の買収はこれまでとは大きく性質の異なるもので、ルネサスの将来が期待される重要なファーストステップになる」(ルネサスエレクトロニクス・柴田英利社長兼CEO)―。半導体大手のルネサスは、電子機器の設計ツールなどを手がける米アルティウムを約9千億円で買収する。ルネサスのこれまでの買収案件は車載向け半導体などの製品群を補完する目的が中心だったが、今回の買収相手は毛色が異なる。ルネサスが脱・半導体メーカーに動く狙いとは?

 さまざまな産業でデジタル化が加速しており、ハードウエア中心のメーカーも対応を迫られている。自動車業界もソフトウエアによって自動車を制御したり、機能を実現するソフトウエア・デファインド・ビークル(SDV)への移行が本格化する。これに伴い、部品メーカーなどもハードに組み合わせるソフトを手がけることが求められる。

 ルネサスが買収するアルティウムは、電子機器のプリント基板の設計を容易にするクラウドベースの開発ツールなどに強い。電子機器やシステムを設計する上での部品の選択・評価、シミュレーションから電子プリント基板の設計までの開発リードタイムの短縮、開発コスト削減に役立つ。

 ルネサスは買収後、アルティウムのソフト開発プラットフォームを拡充するが、サポート部門を除いてルネサスの各部門とは統合せずに、アルティウム独立性を維持する方針。提供するプラットフォームも他のベンダーが参画しやすいようオープンにして「電子機器業界全体に価値を提供していく」(柴田社長)方針だ。

 ルネサスは2017年の米インターシル、19年の米IDT、21年の英ダイアログセミコンダクターなど、自社製品と組み合わせることで成長が見込める分野に強い半導体メーカーを相次いで買収し、製品ポートフォリオを拡充してきた。今年1月には電気自動車(EV)向けとして有望視されているGaN(窒素ガリウム)パワー半導体に強い米トランスフォームの買収も決めている。今回、専門性の高い分野に強いソフト設計会社を買収するのは、社会のデジタル化でソフトの設計ニーズが高まり、設計プラットフォーム市場の拡大が見込まれるためだ。

 ルネサスは半導体の単体売りビジネスから脱却しようと、19年ごろから顧客の要望に応じてさまざまな製品ポートフォリオや設計開発ツールなどをセットで提供する「ウィニング・コンビネーション」(ウィニングコンボ)と呼ぶソリューション事業に力を入れてきた。アルティウムの買収により「利用者がより使いやすいウィニングコンボなどのソリューションを提供できるようになる」(柴田社長)という。

 アルティウムは売上高の伸びが年率20%を超えており、売り上げに占めるEBITDA(税引き前・利払い前・償却前利益)率も36・5%と稼ぐ力も強い。海外半導体メーカーを買収して製品ラインナップを拡充してきたルネサスが、これまでとは業種の異なる企業を買収するのは、こうしたソフト設計分野の成長と収益を見込んでいるためだ。

 半導体受託製造最大手で、先端ロジック半導体に強い台湾積体電路製造(TSMC)が熊本に工場を新設し、北海道で国産の最先端半導体の受託製造を目指すラピダスなど、停滞が続いてきた国内の半導体業界も微細化によって活性化する見通し。

 ルネサスは、主力の車載向け半導体などが好調で、業績は順調に拡大させてきた。一方で、車載向け半導体も自動運転・先進運転支援システムやSDVに向けて先端半導体の搭載が増える見通しだが、ルネサスはこの分野で強いとは言えない。アルティウムを傘下に収めることで「(ソフト設計という)川上の視点から市場ではどんな半導体が必要で(顧客は)どんなソリューションだと使いやすいのかがわかり(ニーズの高い)半導体で先行できる」(柴田社長)と皮算用する。

 ルネサスはソフト設計プラットフォームと半導体設計開発・製造の2本柱で、市場環境が激変する半導体業界を生き残ろうとしている。

(編集委員 野元政宏)