ヤマハ発動機がメタバース(仮想空間)での事業モデルを探っている。社内向けを想定したVR(仮想現実)機器の研究開発を、仮想空間を利用する消費者向けにもサービスとして展開する考え。一時期のブームは過ぎたメタバースだが、技術進化の余地は大きく、米アップルもVR/AR(拡張現実)機器を2024年に発売する。ヤマハ発は30年長期ビジョンの最終目標として「次世代価値創造への対応」を掲げる。メタバースも価値創造の手段と捉え、顧客との接点を増やしながら新たな価値を模索する。
メタバースはインターネット上に形成される三次元の仮想空間。ユーザーは「アバター(分身)」を操作し、仮想空間上で交流や買い物を楽しめる。
ヤマハ発はもともと、社内でのVR機器活用に向けた研究を進めていたが、3年ほど前から一般向けの機器も開発し始めた。クリエイティブ本部プロダクトデザイン部の菅家隆広主務は「仮想空間で乗り物に乗れるのか、また新しいチャンネルから新規顧客を開拓できるのかも調査したかった」と話す。仮想空間上のイベント「バーチャルマーケット」に21年から出展し、利用ニーズを検証してきた。今年は、仮想空間でのモビリティニーズと新たな稼ぎ方の検証を行ったという。
検証に用いたモビリティは、複数のアバターが向かい合って乗車できる「コミュニケーションビークル」と1人乗りの「パーソナルビークル」だ。メタバースでは現実世界と異なり「空間上のイベントを移動するだけ」(菅家主務)だという。コミュニケーションビークルは、乗員同士でコミュニケーションしながら風景も楽しめる円型デザインとした。
収益モデルも模索する。コミュニケーションビークルでは、車内ボードに広告を映し出したほか、同社の旗艦車種「YFZ―R1」のパーツを組み合わせて擬人化したアバターも販売した。車内広告はタクシーからヒントを得たという。広告主は一部の企業やVチューバー(仮想空間上のユーチューバー)などに限定した。「企業間の垣根を越えたい」(同)という理由からだ。
アバターの価格は1体5千円。菅家主務は「(価格は)高いと思うが、安い値付けはできない。ブランド価値を守るには価格が手段の一つになる」と話す。ただ、今のアバターの大半は個人が売り主で、価格も無料か高くても2千円程度という。同社は、販売数を増やすために3色展開とするなどの工夫を凝らしたが、菅家主務は「少し時期が早かったかもしれない」と苦笑いする。それでも将来に向けてアバターに求められる価値を模索する。1体当たりの単価を倍以上にしたい考えだ。
総務省が7月に公表した「ICT市場の動向」によると、メタバース市場の22年売上高は1825億円(前年比145・3%増)の見込み。「セカンドライフ」(米リンデンラボ社)など、過去にも何度か注目され、いずれも終息した仮想空間ブームだが、半導体の高性能化や5G(第5世代移動通信システム)、仮想通貨やブロックチェーン(分散型台帳)など、仮想空間をよりリアルに、快適にする環境は整いつつある。現時点では研究段階だが、ヤマハ発も事業モデルを模索し続け、市場の実体化とともに「現物」と「仮想物」を手がけるメーカーへ進化していく考えだ。
(藤原 稔里)