自動運転とエンタメ

 世界中の自動車メーカーがEVシフトを本格化しており、EV参入を目指すスタートアップ企業も少なくない。競争激化も予想されるEV市場で、ソニーが勝算を見込むのが、センサー事業で培った自動運転と、グループが抱えるエンターテインメント事業の活用だ。

 自動運転技術が進化すれば、乗員の車室内での過ごし方が変わる。ソニーは今回のコンセプトカー開発と並行してヤマハ発動機とエンターテインメントを目的とした自動運転車「SC-1」を共同開発した。19年には沖縄県名護市のリゾート施設内で実証運行し、ソニーの映像技術を使って車両が走行する場所に応じたさまざまな映像や融合現実映像など、乗客に新たな移動体験を提供したところ好評だったという。SC-1にはNTTドコモも協力、5G(第5世代移動通信規格)を使って車両を遠隔操作する技術の試験を実証するなど、自動運転技術の開発も加速している。グループ内にある幅広い領域の経営資源を活用するとともに、他社と柔軟に連携することで、伝統的な自動車メーカーでは実現できないEVの開発を狙っている。

 異業種がEV市場に参入することに対しホンダの三部敏宏社長は「異業種の参入は自動車産業の活性化に結び付く。個人的にはウェルカムだ」と脅威とは見ていない。ただ、異業種の参入は自動車業界へのカンフル剤にとどまらない可能性もある。

既成概念を破る「伝統」

 ソニーはテープレコーダーに録音機能が当たり前の時代、再生機能のみで持ち運べることに特化した「ウォークマン」を売り出して成功を収めた。規格争いで日本ビクター(現・JVCケンウッド)のVHSには敗れたものの、家庭用VTRを世界で初めて量産したのもソニーで、イノベーションによって市場を開拓してきた。CESで公開したEVのコンセプトカーが「デザインがカッコいい」と高評価だったことも、EV事業参入に向けてソニーの背中を押した。

 EV参入に向け準備しているとされるアップルも、独特のデザインのコンピューターやスマホと、これを活用した新しいビジネスモデルによってイノベーションを起こして成長し、事業を拡大してきた。既成概念にとらわれない異業種が開発するEVは、デジタルネイティブ世代の消費者の心をつかむ力を秘めている。

 ソニーの吉田社長は「ソニーはモビリティを再定義するクリエイティブエンターテインメントカンパニーになれる」としており、単にソニーEVを販売するだけでなく、新しいモビリティビジネスモデルの展開を視野に入れている。これらテック系の異業種が展開するEVを活用した新しいビジネスモデルによって「移動の概念」が変われば、自動車産業の構造が大きく変化するのは避けられない。アップルカーの生産委託先として現代グループの起亜自動車やマツダなどが取り沙汰され、自動車メーカーはこれを否定している。それでもEVを使った新たなビジネスモデルが市場に浸透すれば、伝統的な自動車メーカーは市場を支配する新興企業の下請けになり下がる。EVシフトによって産業構造が大きく変わることを見据え、本気で対応しなければ、自動車メーカーが現在の地位を維持するのは難しくなるだろう。

(編集委員 野元政宏)