モビリティの歴史において1世紀以上続いた内燃機関(ICE)車の章がひとまずの区切りを迎え、電気自動車(EV)が主役の座に立とうとしている。脱炭素社会の実現に向けた航路には、どのような通過点、それとも荒波が待ち受けているのか。世界の自動車産業の展望をヘナー・レーン氏に聞いた。

(吉田 裕信)

 ―ICE車の現在の立ち位置は

 「ICE車は130年にわたる継続的な進歩と最適化の物語だ。今日まで純粋な移動手段として、また、個々のライフスタイルやステータスを披露する存在として、所有者のさまざまなニーズを満たしてきた。今後もICE自体の高効率化やハイブリッド機構の追加により、ICE車の二酸化炭素(CO2)排出量には改善が見られるだろう」

 「しかし、ICEには主として化石燃料を動力源にするという根本的な課題がある。さらにタンク・トゥ・ホイールのエネルギー損失を見ると、60%以上が熱に変換され、車両を動かすために使われることがない。その上、パワートレインも含めた摩擦抵抗が作用し、最終的には全エネルギーの約20%だけが車輪に到達する。これこそが脱炭素への道のりでICEが本命技術として選択されず、世界の自動車産業がEVにフォーカスした理由だ」

 ―EVがICE車を追い越すタイミングは

 「2015年のパリ協定で基本的に世界の全ての国が脱炭素化に署名し、今回のパンデミックを受けて各国政府が低炭素成長戦略を軸とした経済政策により重点を置くようになった。COVID―19の危機が電動車の推進を一層加速させたと言える」

 「われわれは世界の電動化見通しを大幅に早め、27年が転換点になると予想している。その後、30年までに世界の乗用車新車販売の4分の1がバッテリーEVとなり、40年にはその割合が格段に高くなる。このEV革命は経済的な協調と連携を促し、一例として中国で製造されるバッテリーパックの価格は20年から27年の間に30%下がり、98㌦/kWhになるとの予測もある」

 「バッテリーの大容量・低コスト化によって、30年には量販価格帯においても航続距離600㌔㍍をイメージすることができるようになった。既に現状でも、EVとICE車が同等商品力で競合するケースが見られるが、航続距離に対する不安が払拭され、27年よりも早い時期にインセンティブ抜きでEVとICE車が並ぶ可能性も考えられる」

 ―早ければ6年後にはEVが商品競争力で優位に立つ。その予測の障壁となるものは

 「道のりは平坦ではない。前述した未来の実現にはいくつかの重大な不確定要素が内在する。まず挙げられるのが、法制度が予想とは違った内容となる場合だ。各国の選挙結果、ロビー活動や利害関係グループの影響も過小評価できない。また、いかにして石油税の損失を埋め合わせるのか。当局は代替としてバッテリー税を導入し、予測根拠の一つである価格優位性が突然消えてしまうかもしれない。多くの重要事項は未解決のままだ」

 「法律面の不確実性に加えて、コミットメントをどのように達成していくかを本格的に計画している自動車メーカーがある一方、一部のコミットメントにはやや曖昧さがあり、マーケティング的な性質や、投資家や金融市場をターゲットにしたのではないかと感じるものも見受けられる。そして、現在まだICEで稼げるというのは極めて現実的で大きな事実だ。さらに充電インフラの問題もある」

 「最後に、消費者がこの方程式のワイルドカード(特殊な役割・機能を持つカード)であることは今後も変わらない。個人のモビリティに対する意思決定にさまざまな種類の複雑な行動要因が関係しているのは、近年われわれが学んだ実態の一つだ」

 ―脱炭素化の先にある世界は。ICEに代わってEVが果たすべき責務は

 「完全に脱炭素化された世界は、次の世代に向けてわれわれが知っている姿の地球を保護するための、究極の目標だ。ただし、達成には世界の社会的平等やある程度の富の保証も必要であり、行く手には困難が待ち受ける。EVはICE車よりもあらゆる面でクリーンでなければならない。それはCO2排出に限らず、原材料調達からリサイクルを含むバリューチェーン全体における自然破壊や環境汚染対策を含むものだ」

 「脱炭素社会の技術の全容はまだ見えないが、政府が目標達成へのテクノロジーを義務付ける必要はないと考える。最善のアプローチは科学と経済によって決定され、成功のカギはテクノロジーの解放だと確信している」

=おわり=