CO2排出量を調達基準に

 日本製鉄は、水素還元の一部実用化や既存の高炉での低CO2化などによって30年にCO2排出量を13年と比べて30%減を達成し、50年には大型電炉での高級鋼の量産、100%水素直接還元、発生CO2オフセット対策などを組み合わせてカーボンニュートラルを実現する構想を描く。しかし、これらを実現するのに21年から研究開発費5千億円、実用化する設備投資として4兆~5兆円が必要と試算しており、粗鋼生産コストの大幅な上昇は避けられない。

 JFEスチールは、水素直接還元技術に加えて、高炉で発生するCO2をメタンガスに変換して還元剤として繰り返し活用する「カーボンリサイクル高炉」と炭素回収・貯留技術を組み合わせた研究開発に着手しており、27年度までにプロセスを実証する計画だ。これにも巨額の研究開発費と設備投資が必要となる。

 鉄鋼メーカーが懸念しているのが脱炭素化技術の開発競争の激化とともに、これら製鉄時に発生するCO2排出量を削減するための巨額の投資を回収できるかだ。ただでさえ鉄鋼メーカーにとって大口納入先である自動車メーカー向け事業の採算は悪化している。鋼板の原材料価格は高止まりしているものの、日系鉄鋼メーカーは自動車メーカー向けの値上げ交渉が進んでいないという。原価低減要求の厳しい自動車メーカーが、水素直接還元で製造した鋼板の価格アップを認めてくれるのかについて疑念を持つのは当然と言える。

 神戸製鋼所は、天然ガスを使って鉄鉱石から酸素を除去した還元鉄を使用することで、コークスの使用量を減らし、CO2排出量を2割低減できる技術の実証に成功、年内をめどにこの方式で製造した鋼板を販売する予定。大きな設備投資は不要だが、還元鉄のコストが上乗せとなる。CO2排出量を低減した鋼板として納入先がこのコストを認めてくれるかが、脱炭素化の取り組みを、納入先が理解してくれるかの最初の試金石となる。

 アルセロール・ミタルは水素還元製鉄を実現するため、約5兆円を投じる計画を発表するなど、外資系鉄鋼メーカーもカーボンニュートラルに向けた投資を本格化しており、研究開発競争は激化している。鉄鋼事業でのCO2排出量削減技術に遅れると、外資系に受注を奪われることになりかねない。こうした懸念から採算を度外視してでもCO2排出量削減する動きに日系鉄鋼各社を駆り立てている。

 生産活動でのカーボンフリー化を35年と、従来計画を15年前倒ししたトヨタ自動車はティア1(一次部品メーカー)に対して21年にCO2を3%削減するよう要請した。「カーボンフリー自動車」の実現に向けて部品や素材の生産工程でのCO2排出量を段階的に減らしていくのが目的で、こうした動きはトヨタ以外の自動車メーカーにも今後広がる見通しだ。

 自動車メーカーは従来、技術力に加え、品質・コスト・供給体制などを基準に素材やサプライヤーを選定しており、中でもコストを重視してきた。今後、調達基準に生産活動でのCO2排出量も考慮される可能性が高くなるが、鋼板の例でも分かるようにカーボンニュートラル化には多額のコストが必要となる。しかし、現状、カーボンニュートラル化によるコストアップに対する理解は進んでいない。

 自動車産業が真のカーボンニュートラルを実現するためには、まずコストを重視した調達基準を改め、CO2排出量を削減するためのコストを平等に負担する意識改革が問われる。

(編集委員 野元政宏)