日本交通科学学会(有賀徹会長)はこのほど、都内で第14回「交通科学シンポジウム」を開いた。高齢化による身体・精神機能の低下が運転に及ぼす影響や高齢運転者による事故事例の分析、歩行中に死亡した高齢者の歩行挙動の解析のほか、眼科領域の疾患に起因する事故の運転者責任に焦点をあてた分析などを4人の専門家が説明した。

 シンポジウムは、日本自動車工業会(豊田章男会長)が日本交通科学学会に委託した研究成果を発表した。最初に医療情報推進機構の渡邉裕氏が「中高齢者の身体・精神機能低下における自動車運転への影響に関する研究」について報告した。運転前に若齢者と中高齢者に同条件の精神的・身体的作業負荷を与え、その負荷が運転にどのような影響を及ぼすのかを生理・心理測定した結果を説明した。

 第一実験としてパソコン画面を使った視認応答性、第二実験としてエルゴメーターによる身体負荷後の反応時間を調べたところ、双方とも中高齢者の反応時間は若齢者より長かった。特に第二実験では若齢者と中高齢者の反応時間が第一実験より約0・5秒大きくなるなど、年齢要因が視認・応答性に大きく影響することがわかった。

 実走行実験では、実験前の安静時より心拍変動が低下傾向を示し、眠気を誘発する可能性が見られた。こうした結果を踏まえ、自分の運転に自信があるとする高齢者が多い中で、客観的に身体機能の衰えを自覚させることが高齢運転者の安全を考えるうえで大切だと述べた。

 京都医療センター救命集中治療科の別府賢氏は「80歳以上の高齢運転者による事故例の検討」について説明した。超高齢化が進む日本でいまや65歳以上が高齢者とはいいにくい。2017年には日本老年学会と日本老年医学会から高齢者の定義を75歳以上に変更するとの提言がされ、それに伴って内閣府からも75歳以上の自動車事故の報告がされるようになった。

 だが、80歳以上の高齢運転者による医学的報告はない。こうした背景から別府氏は独自の調査を行った。日本外傷データバンクの情報に基づき04~17年の全症例29万4274件の中から80歳以上の1799例を抽出。これを運転者と同乗者に分けて解剖学的、生理学的な比較を行った。

 この結果、80歳代以上は70歳代と比べて損傷重症度が高かった。80歳代以上では解剖学的、生理学的に上昇度が増加しており、受傷部位は頭部、胸部、腹部、脊椎、下肢が多かった。

 自動車の安全性の向上などで75歳以上の運転者による死亡事故はほぼ横ばいだが、死亡事故全体に占める割合は増えている。運転免許の返納がクローズアップされながらも、高齢運転者は増加していくことが予想される。別府氏は、頭部を保護するための運転時のヘルメット着用や胸腹部の損傷予防を考慮したシートベルトなど、死亡にいたる受傷要因に着目した安全性の向上が求められると提言した。

 名古屋大学大学院工学研究科の伊藤大輔氏は「高齢歩行者死亡事故例における歩行者挙動の解析」で胸部傷害の発生メカニズムに着目した。17年の警察庁統計によれば歩行者の胸部傷害による損傷部位別死者数割合は頭部損傷に次いで高いが、そのメカニズムの研究はあまり行われていない。このため伊藤氏は、高齢歩行者と自動車の衝突事故を再現したシミュレーションを行うことでメカニズムの解析を試みた。

 高齢歩行者の体型を模したモデルと車両モデルによる事故再現解析や衝突条件を変更した解析を行い、胸郭変形のメカニズムの違いを検討した。これにより衝突時の肋骨ひずみ発生のメカニズムとして(1)車体・上肢・肩甲骨からの荷重による作用点直下での変形(2)胸郭前方に作用した荷重によってそこから離れた肋骨後方で生じる変形―に大別されることが分かったという。

 最後に慶応大学医学部総合医科学研究センターの馬塲美年子氏が「疾患起因性事故における運転者の社会的責任―眼科領域の疾患・症状―」を報告した。運転免許の欠格事由や危険運転の適用対象となる病気として低血糖やてんかんが知られているが、このほかにも疾患起因性事故の原因となる疾患は多い。症状を自覚できる疾患を持ちながら運転して事故を起こした場合は過失責任を負う。

 今回の研究では、眼科領域の疾患を持つ運転者の自動車事故刑事判決に着目した。運転者の過失責任の考察として11年から18年にあった5件の事故刑事判例を紹介。事故時の疾患は網膜色素変性症、白内障、先天性色覚異常、斜視で、これらの疾患・症状を持つれぞれの運転者の事故状況や判決を説明した。

 眼科領域における視野や色覚異常などの疾患は運転の大きなリスクになる。視野や色覚、視覚に異常があっても運転する以上、健常者と同等の注意義務がある。この注意義務を果たすためには症状に応じた高度な注意が求められる。

 馬塲氏は、眼科疾患による事故防止を図るために運転リスクや対処方法についてのより踏み込んだ啓蒙活動が必要だと提言。同時に、現在は行われていない視野検査制度の導入や眼科領域の疾患と運転に関するガイドライン作成の必要性を強調した。