第55回総会・学術講演会には200人近くが出席、78件の演題を通じて最新の交通安全を討議
米国外科学会は、止血のシミュレーターなどで救急医療の一端に触れてもらった
解析装置やドライブレコーダー、運転補助装置などを手掛ける協力企業や団体が展示ブースで製品や活動を紹介
第55回総会・講演会会長の南多摩病院・益子邦洋院長(左)が、次回会長の名古屋大学大学院・水野幸治教授にエールを送った
DCNや緊急通報の重要性を市民講座で発信、一般認知の拡大に力を入れた

 日本交通科学学会(JCTS、有賀徹会長・代表理事)は6月20、21日に八王子市学園都市センター(東京都八王子市)で、交通安全を医療と理工学を融合した視点で討議する「第55回日本交通科学学会総会・学術講演会」を開催した。テーマは「目指せ、世界一の交通安全社会!―年間交通事故死者数2500人以下を達成するための取り組み―」。今回の総会・講演会会長を務めた南多摩病院の益子邦洋院長をはじめ約200人の医療・理工学・行政の専門家が集い、2018年に約3500人だった交通事故死者数の1千人削減に向けて研究成果発表と具体策の議論を繰り広げた。

(編集委員・有馬 康晴)

■ASVなど5分野

 講演会の冒頭で益子総会・講演会会長は「先進安全自動車(ASV)、事故自動通報システム、医工連携交通事故分析、自動車アセスメント、高齢者の交通事故予防対策について集中的に討議してもらう」と、これら五つの分野に課題を整理して議論を深めていく方針を示した。

 有賀会長・代表理事は「私たちの社会が少子高齢化を迎えた。歳を取ることそのものはめでたい話ではあるが、社会が車での移動なしで生活できないという状況になっている」と述べ、同学会を通じて産学官の連携を強め、道路交通のさらなる安全を支えていくという意欲をみせた。

 シンポジウムの目玉の一つが、事故自動通報システムの進化、普及を通じて交通事故死者削減を目指す「事故自動通報システムの質の向上を目指して」。救急救命センター、自動車技術および事故原因の研究機関、自動車メーカー、損害保険会社の担当者らが登壇し、パネルディスカッションで意見を交わした。

 その話題の中心は「D―Call Net(DCN、救急自動通報システム)」。事故の衝突状況から乗員被害をアルゴリズムで推定、その情報を自動で医療現場に伝達して迅速な救命処置につなげるシステムで、15年秋に活用が開始された。当初、自動車メーカーの参加はトヨタ自動車、ホンダのみで現状の普及率は約2%にとどまる。ただ今春、日産自動車、マツダ、スバルが加わったこともあり、国内の自動通報システムのスタンダードとして活用が期待されている。

 現在、車両から発信した事故情報の提供先はドクターヘリを保有する医療機関に限られる。これをドクターカーを所有する病院にも広げれば、救命可能なケースが拡大するという。

 シンポジウム座長を務めた日本大学工学部の西本哲也教授は「DCNの普及拡大と医療現場の努力の相乗効果で、500人ほど救命される人を増やせる」と、死者の削減目標1千人の半数を、DCNで実現できると試算した。

■高度化に意欲

 トヨタ自動車で衝突安全技術の開発に取り組む小阿瀬丈典氏は「事故死者の半数を占める歩行者、自転車の傷害を予測可能にするなどアルゴリズムの進化も重要だ」と、システム高度化に取り組む姿勢を示した。

 JCTSの阿久津正大副会長理事(玉川大学工学部教授)は「今回の学会で医学、理工学、行政の垣根を越えてDCNを討議する土台が構築できた」と、手ごたえを述べた。

 JCTSは学術講演会の終了後、ドクターヘリによる救急医療の普及に取り組む救急ヘリ病院ネットワーク(HEM―Net)と共同で市民公開講座を同会場で開催。DCNや緊急通報の情報を提供、一般周知に力を入れた。

 また、今回の総会・講演会の名誉会長を務めた安藤高夫衆議院議員(医療法人社団永生会理事長)が「国会よもやま話」を講演。さらに、米国外科学会が救急救命の止血を模擬体験してもらう「ブリーディング・コントロール・コース」を開くなど、さまざまな視点で交通安全、救急救命の情報を発信した。

 次回の第56回総会・学術講演会は来年6月25、26日に名古屋大学で開催。名大大学院の水野幸治教授を総会・講演会会長として「新たな交通社会の幕開け2020」をテーマに医理工が連携し、さらなる安全な交通社会に向けた情報発信と討議を行う。

■幅広い専門家・識者の知見融合

 〈JCTS〉1965年に発足。医療、理工学、行政など幅広い分野からトップレベルの専門家・識者が参加し、その知見を融合して安全な交通社会づくりを支援することをねらい、半世紀以上にわたり活動している。