日本交通科学学会(JCTS、有賀徹会長・代表理事)は6月28、29日の2日間、首都大学東京南大沢キャンパス(東京都八王子市)で「第54回日本交通科学学会総会・学術講演会」を開催した。今回は「技術革新で交通社会の安全を!」をメインテーマに五つのシンポジウム、10分野の一般演題を展開。154人の参加者が高齢者のモビリティー、自動運転をはじめとした自動車を取り巻く技術や課題を医療、工学、行政など複合的な視点で検証・議論し、より安全な交通社会の実現に向けて道筋を追求した。
(編集委員・有馬 康晴)
◆5つのシンポと10分野で研究発表
JCTSは1965年に発足、半世紀以上にわたり交通安全の実現に取り組んできた。その特徴は、特定の分野に偏らず医療、工学、行政など交通安全にかかわるあらゆる分野の専門家が参加すること。「医療、工学などのトップレベルの識者が一堂に会し、同じ土俵の上で議論を交わす機会はJCTS以外にはない」(大学教授)という声が上がるほど、貴重な学会と評価されている。
今回の総会・学術講演会は、松井靖浩理事(交通安全環境研究所主席研究員)が総会・講演会会長を務めプログラムを進行。各界を代表する64人の専門家が登壇し「交通弱者保護」「陸・海・空の交通手段における安全」「ヒューマンエラー」「計測技術」などをテーマとした研究を発表した。
自動車メーカー関連では本田技術研究所、スズキ、マツダ、いすゞ中央研究所のエンジニアらが「先進安全」について講演した。工学系の大学教授らは“レベル3”などの自動運転で走行中に「自動運転から手動運転に切り替え時におけるドライバー姿勢が運転特性に及ぼす影響」を発表。運転の切り替え時には、ドライバーが確実に操作可能な姿勢にあるのかを考慮する必要があることを示した。
また「高齢者と自動車事故」がテーマのシンポジウムでは、医大や福祉関連の大学教授らが高齢者の自動車事故の特徴や安全確保の手法、高齢化に伴う視野狭窄の影響、高齢ドライバーの運転技術の評価とトレーニング効果などについて事例を示した。
有賀会長・代表理事(労働者健康安全機構理事長)は「高齢になった人がたくさん安全に働ける環境が整わないと、一番大事な社会の基盤となる社会保障が保てなくなる。根幹の部分を強くするため、この学会で勉強したことを、それぞれの立場で社会に生かすように発揮されることがとても大事だ」と述べた。そして、多様な分野の人材が所属する学会メンバーの知見を結集して、高齢化への対応という社会貢献に取り組む意欲を示した。
特別講演では、まず国土交通省自動車局の島雅之次長が「自動運転の実現に向けた国土交通省の取り組みについて」を題材に登壇。政府が取り組む自動運転の展開に向けた中長期のシナリオを披露した。さらに首都大学東京の青村茂名誉教授は「外傷性脳損傷(TBI)発症メカニズムの解明と危険予知―脳挫傷から高次脳機能障害まで」を講演。有限要素モデルを用いた頭部事故の解析や、臨床現場での発症予測システムの実用化に向けた成果を発表した。
有賀会長・代表理事が座長を務めた“会長講演”では松井総会・講演会会長が登壇し「交通事故削減と傷害軽減に向けた技術への想い」を題材に安全分野の技術進化を検証。合わせて2020年の「東京オリンピック・パラリンピック」を機に安全で快適な交通環境を目指す日本の新たな“技術革新”を海外に発信し、世界の交通環境の向上にも寄与していきたいと意欲を語った。
松井総会・講演会会長は「2日間の講演を通じて十分に討議してもらえたと思う。ここで得られた知見や情報交換が一つのきっかけになって、皆様の今後の研究活動等に役立つとうれしい」と開催に手応えを示した。
◆年間交通事故死者数2500人以下目指す
次回の「第55回日本交通科学学会総会・学術講演会」は来年6月20、21日に八王子市学園都市センター(東京都八王子市)で開かれる。
松井理事から総会・講演会会長を引き継ぐ益子邦洋理事(南多摩病院院長)は「『目指せ、世界一の交通安全社会!』をメインテーマに、年間交通事故死者数2500人以下の達成を目指した新たな取り組みを展開する」と語り、世界の交通安全をリードする研究成果の発信に意欲を示した。
救急車に反射材使用で成果 事故再発防止へ夜間の安全性改善
JCTSは、交通事故の再発防止策の具体化でも成果を上げる。その一つが、救急車の夜間活動の安全確保を目指し2015年に展開した提言活動「救急車に『再帰性に富んだ反射板(材)の使用を!』」だ。
反射材は灯火類の一種のため保安基準による活用の制約が多く、ボディーへの装着が非常に難しかった。しかし、救急車などの緊急車両では安全性の改善に欠かせなかったため日本救急医学会および日本臨床救急医学会と連携。国土交通省や総務省消防庁、全国消防庁会に働きかけて装着を実現した。
反射材装着のきっかけは、長野県北アルプス広域消防本部で活躍する救急救命士、吉沢彰洋氏が発表した事故事例だった。
事故は12年に発生。吉沢氏と親交のあった他県の救急救命士が夜間の活動中に車と接触し死亡した。救急車は夜間、赤色灯で救護活動中であることを付近に周知するが、事故発生時にはバッテリーが上がり電源がダウン、周知不能となり不幸につながった。
吉沢氏は「悲劇を繰り返さないため、電源がなくても救急車の存在を示すことが可能な反射材の使用を思い付いた」という。ただ、当時は車検が通らないなど社会的な理解が不足しており、状況の打開に苦慮した。
こうした中、吉沢氏はJCTSに参加。有賀会長ら有識者の支持を受けて、救急車の反射材の活用に漕ぎ着けた。
反射材は現在、各地の救急車で活用されるようになったが、デザインはまちまち。吉沢さんらは今回のJCTSの総会で「一目で救急車だと分かるようにデザインを統一する」ことを目指すことにした。首都圏直下型地震など、今後想定されうる大災害の発生時、暗闇の中で全国から集まった緊急車両の種類を判別可能にすることが、円滑な救助活動に欠かせないためだという。
JCTSはこうした事例を生かしながら、今後も工学、医療、行政など多様な視点からさらなる交通安全の実現に取り組むことにしている。