三宅大会長は車の冷却系に例えて熱中症の発生メカニズムを分かりやすく解説
三宅康史大会長
警察の研究者が科学捜査の最前線を解説(「車両火災実験における燃焼データの計測」科学警察研究所 岡本勝弘氏)
ペダルの踏み間違えを骨格から検証(「高齢運転者における緊急ブレーキ操作の運動学的・電気生理学的特徴」福井医療大学保健医療学部リハビリテーション学科 藤田和樹氏)
チャイルドシートの適正な利用の指導も交通安全で重要(「小児科医の立場でCRS(Child Restraint System)を再考する」成田赤十字病院新生児科 川戸 仁氏)
外傷外科医のやりがいと苦労を理工系の研究者らに訴求(「外傷外科という道」帝京大学医学部附属病院高度救命救急センター 長尾剛至氏)
デジタル技術を取り入れた最新の自動車教習を紹介(「運転技能自動評価システム(Objet)を用いたデータに基づく講習等の現状」八日市自動車教習所YDS人と車学習センター 谷口嘉男氏)
衝突実験の結果など最新の研究成果を発表(「自動車衝突試験用ダミーを用いた妊娠および非妊娠女性間における受傷機転の比較」滋賀医科大学医学部社会医学講座 桑原歩夢氏)
第57回学術講演会はライブ配信分を含め10月末までオンデマンド視聴が可能。詳細はQRコードのアクセス先まで

 日本交通科学学会(JCTS、有賀徹会長)は「第57回日本交通科学学会・学術講演会」をオンライン開催した。今回のテーマは「交通事故を科学の力でなくす学会~躍進の鍵:医工連携~」。医療、理工学、自動車メーカー、行政をはじめとしたさまざまな分野の研究者、専門家が一堂に会し、半世紀以上にわたり交通安全を科学的に探究してきたJCTSの特徴を改めて前面に打ち出し、交通事故撲滅に向けて成果、提言を活発に発信した。

(有馬 康晴)

 学術講演会は1、2日に開催。プログラムは、ライブ配信した13セッション・42件の発表、パネルディスカッションとオンデマンド配信の一般演題15件で構成した。

 JCTS副会長で今回の学術講演会会長(大会長)を務めた帝京大学医学部の三宅康史教授はプログラムについて「時には大きな凶器となる自動車を安全に運転するために知っておくべき病気や、交通事故にあった人の搬送、治療・医療スタッフの育成、保険支払いの手順、自動車教習所のデジタル化、捜査機関の最新手法など、学会会員の役に立つと大会長の私自身が勝手に思い込んだテーマを選んだ」という。

 そこでは医理工、行政などに加えて、法律や保険、教習所などが交通安全にどのようにかかわるのか、「それぞれの専門外の人がセッションに参加してもわかりやすい内容にする」ことを意識してプログラムを組み立てた。改めて他の分野の知見を深めてもらう場を用意し、医工連携の深化につなげていきたいという三宅大会長の狙いが垣間見られる。

 学術講演会は、三宅大会長らが登壇の特別企画「車内放置(置き去り)事故を防ぐために」で幕を開けた。三宅大会長は、車内に置き去りにされた小児が熱中症で死亡する事故の発生メカニズムを、人体の構造を車の冷却系に置き換えた図版などを用いて解説。「冷却水が不足してオーバーヒートを起こすようなもの」と自動車エンジニアにも分かりやすく例えた。

 その上で自動車メーカーに置き去り防止装置開発を要望するとともに、医学者の立場として実用化に協力したいとの意向を示した。

 さらにシンポジウムでは「小児・妊婦(胎児)の交通事故死傷者の低減を目指して」「ペダル踏み間違い事故の原因究明と予防策の提案」「自動車事故における歩行者の路面傷害」など医学、理工学などの側面から最新の研究成果が発表された。

 これら中で自動車業界に対するとくに強いメッセージの発信があったのは2つのパネルディスカッションだった。

 一つ目は「ビッグデータの医工連携におけるさらなる有効利用に向けて」。交通事故の救急救命や、事故形態と外傷の関連性の研究高度化には、これまで蓄積されてきた医療、事故それぞれのビッグデータの連携が重要なカギを握る。その実現は「車両安全基準の策定にも役立つ」(松井靖浩氏=自動車技術総合機構交通安全環境研究所)との期待が持たれる。

 しかし現在、日本では省庁のセクショナリズムの影響や個人情報保護に関する制度が確立されていないため、データ連携がなかなか実現しない状況にある。

 さらに車両の運行状況を記録するイベントデータレコーダー(EDR)について「事故のために使うものではないので(医療者の)情報の読み出しがダメと言う自動車メーカーがあると聞いたが、それは違う。患者の治療に直結するデータなのだから、制限を撤廃して欲しい。個人情報の機密性を保持した上で自由に行き来できる情報プラットフォームづくりが重要だ」(河野元嗣氏=筑波メディカルセンター病院)との提言が挙がった。

 このような日本の制度設計の遅れに対し、データ連携の進んだ西オーストラリアの事例を豪カーティン大学の東平日出夫氏が紹介した。現地では、公立病院救急部や救急車の活動記録、交通事故、運転免許、健康保険、障害者のサービス記録、裁判記録など44種のデータベースを連結するシステムが実現。複数データベースが同一省庁の管理下にあることも「連携の助けになった」とした。こうした環境があればこそ、研究・調査の可能性が広がるとし、日本の制度づくりに期待を示した。

 もう一つは「自動車運転免許教習におけるAiデジタル化の現状と課題」。運転者に取り付けたセンサーから運転技能を自動評価するシステム、人工知能(AI)を用いた教習システム、教習に科学を取り入れる手法の3件の発表の後、ディスカッションが始まった。

 AI教習を導入した南福岡自動車学校の江上喜朗氏は「AIのアドバイスのタイミングは研究の最中。以前はミスをする前に脱輪しそうなどとアドバイスしていたが、教習がなかなか進まなくなり教えづらかった。1周回った後のフィードバックではどこでミスしたのか分からなくなる。今はその中間を試している」と、アドバイスのタイミング設定で試行錯誤中とした。

 これを受けて長野県茅野自動車学校の桑澤一郎氏は「教習生に失敗させて振り返らせるというのが教育方法として非常に効果が高い。子どもの教育と同じで、むしろ痛い目にあわせた方が自分から注意するようになる。教習生も同じで、失敗させて自分で理由を考えさせる方がある意味、質の高い教習だと思う。それをAIにどうやって置き換えるのかを検討してもらいたい」とリクエストした。

 三宅大会長は「人の心を教えるのは人間でなければできなところがある。医学も同じで失敗させるのはシミュレーションやマネキンだけにして、本当の治療では失敗しないようにしなければ」と、医療、運転教習にかかわらず技術と人手の適切な融合が人づくりで重要になったとした。

※(画像は学術講演会映像より転載)