自動運転時代の交通安全を医工の視点で議論(トヨタ自動車・北川裕一氏「自動運転車の乗員保護に関する基礎調査」)
医工連携でEDRデータを活用し人体傷害を詳細解析(日本大学、日本医科大学千葉北総病院)
衝突被害軽減ブレーキの効果をシミュレーション(名古屋大学・水野幸治教授の総会会長講演)
教育講演では医学の第一人者が交通外傷の基礎を講義(東京慈恵会医科大学附属第三病院・渡邉修教授)
健康問題を抱えるドライバーの運転支援も重要課題(滋賀医科大学・一杉正仁教授)
水野幸治総会会長
有賀徹会長

 日本交通科学学会(JCTS、有賀徹会長)は23、24日に医療、工学、自動車メーカー、行政などの専門家らによる「第56回日本交通科学学会総会・学術講演会」(水野幸治総会会長)をウェブ開催した。今回のテーマは「新たな交通社会の幕開け2020」。自動運転車の開発、自動車の情報化に代表される急速な環境変化を見据えながら、各分野の研究者が披露した最新の成果、提言をもとに、交通社会の展望を議論した。ウェブ参加登録者数は400人を超え「医工連携による交通安全」というJCTSならではの取り組みに注目が集まった。

(有馬 康晴)

 今回の講演会では、5件のシンポジウムと「教育講演」「自工会委託研究成果公表」をライブ配信した。シンポジウムでは、走行制御以外の自動運転の重要課題について、さまざまな議論が交わされた。

 その1つが「自動運転時代の交通事故傷害低減」だ。

 自動運転車が実用化した後も、しばらくは従来車(運転支援の度合いが低い車)と混走するケースが続くため、事故の発生が想定される。こうした中、「レベル4」(限定された場所での完全自動運転)車両の乗員が、リラックスポジション(シート背もたれを大きく倒している状態)で衝突事故が起こると、従来の拘束装置(シートベルト、エアバッグ)では体を支えきれず、傷害を防ぎにくくなるという調査結果を自動車メーカーが示した。

 これに対し、拘束装置のサプライヤーは、シート側方から頭部前面を覆うように展開するエアバッグなど、新しい装置によってリラックス状態の保護性能が上がるという。

 このアイデアに対し「顔面傷害が大きくなる可能性がある」という指摘が出た。しかし、サプライヤーは「そのような恐れはあるが、リラックスと乗員保護をどのようにバランスするかが問われる」とし、自動運転車の開発で課題が山積する様子が改めて浮かび上がった。

 医学者からは、糖尿病患者が運転中に低血糖となり運転が不能になる場合など緊急時を生体モニタリングで察知し、自動運転で安全な場所まで車両を退避させる複合システムを期待するとの意見が出た。

 EDR(イベント・データ・レコーダー)などに記録する車両運行情報も議論の柱の一つ。日本大学工学部の西本哲也教授らと日本医科大学千葉北総病院の〝医工連携チーム〟が、衝突車両の車体変形を計測するとともに、そこから回収したEDRデータを組み合わせて、車両側の〝加害物〟と人体の〝傷害〟を詳細に調査する手法について成果を発表。データ活用の研究が進んでいることが示された。

 こうした成果の一方で、科学警察研究所(科警研)は、データ記録の不十分な状況を指摘。安全運転サポートカー(サポカー)ではメーカーによって装置作動の記録状況がまちまちで、例えばブレーキの作動が衝突被害軽減ブレーキによるものか、ドライバーの意思によるものか判別できないケースがあるという調査結果を公表した。

 電子制御関連サプライヤーは、EDRがミリ秒単位の精度の高い記録装置である半面、分析に高度な技術が必要なため、そのデータを事故解析に活用できる人材の育成に乗り出したことを披露。科警研と自動車メーカーの協力を得て進めている。自動運転の事故責任が車両とドライバーのどちらにあるのか明確化するため、欠かせない取り組みという。

 教育講演は「交通外傷の基礎」と題し、5人の医学エキスパートが講義。症例写真を用いて解説するなど、事故の生々しい状況が伝わるセッションになった。

 名古屋大学教授で自動車安全工学を研究する水野総会会長は「工学の研究者・技術者は独学で交通外傷を勉強することが多いと思うが、第一線の医学の先生方の講義を聴くことができる有用な機会になった」と、医工の連携強化に役立ったと述べた。

 これらに加えて、水野総会会長の「会長講演」と、国内外第一人者らによる特別講演、一般講演をオンデマンドで映像配信した。

 水野総会会長は「様々な段階から見た安全-自転車の安全を例として-」と題し、衝突被害軽減ブレーキでは理想的なセンサーを利用しても回避できない衝突が20%あったという研究成果を発表。運転支援装置と自動運転の高度化に向けて開発指針を示した。

 特別講演では米国運輸省(U.S.DOT)の開発研究トップを務めたジョセフ・カニアンスラー氏、国土交通省自動車局の江坂行弘局次長、内閣府の「SIP自動運転」を取りまとめるトヨタ自動車の葛巻清吾氏らが登壇し、自動運転などの先進技術や法整備、高齢化社会などについて方向性を提示した。

 今回の講演会は当初、名古屋大学で予定していたが、新型コロナウイルス感染症を考慮してウェブ上での無料開催に切り替えた。水野総会会長は「全く想定していない形になったが、皆様の支援で開催に至った。自動運転でも避けられない事故が徐々に明らかになってきたが、死者数ゼロあるいは負傷者数ゼロに向けて何をなすべきか、今大会で披露してもらえた」と、想定外の状況ながら手応えをつかんだ。

 有賀会長は「当学会は医学、工学、交通安全に関する社会の仕組みに関連したさまざまな専門家が参集している。それぞれの立場で、それぞれの専門性の中から知見を横展開することによって、社会の新たな幕開けにふさわしい学術集会になると思う」とし、医工の学際的な研究組織としてさらなる交通安全の成果を目指していくとした。

 ※画像はすべて日本交通科学学会ウェブ講演会から転載

 日本交通科学学会は医療、工学、自動車メーカー、行政など幅広い分野からトップレベルの専門家・識者が参加。それらの知見を融合して安全な交通社会づくりを支援することをねらい半世紀以上、活動を展開している。