車体はシンプル&低コストにこだわった
ミニバンに積載できるツールも用意する

 トヨタ自動車が「レーシングカート」の普及に乗り出す。トヨタガズーレーシング(TGR)による「GRカート」や積載キットを発売するほか、安全講習を企画するなどハードとソフトの両面で取り組む。プロドライバーはもちろん〝自動車産業人口〟のすそ野を広げる狙いがある。

 自動車メーカーがレーシングカートを扱うのは世界的にも珍しい。カートを商品化する狙いについて、ガズーレーシングカンパニーの伊東直昭主査は「モータースポーツを持続可能にし、将来の車好きを増やすには、免許を取得する前の子どもたちへの種まきが必要だ」と話す。

 免許がなくても乗れるレーシングカートはモータースポーツの入門カテゴリーであり、故アイルトン・セナやマックス・フェルスタッペン、小林可夢偉など、カート出身のF1(フォーミュラワン)ドライバーは多い。ただ、トヨタはレーサーの育成にとどまらず、エンジニアや整備士など、自動車業界で広く活躍する人材を増やす効果も狙っている。

 このための工夫が、手頃な価格や使い勝手の良さだ。プロドライバーを目指す親子は高額な参戦費用も厭(いと)わず、全国を転戦したりするが、GRカートは、日本の平均的な世帯所得で購入できる価格帯を目指す。パイプフレームには安価な規格材を採用し、細かい調整やメンテナンスもなるべく不要な構造にする。また、カートを立てて保管する場合、油脂類をいちいち抜く手間がかかるが、TGRは油脂類を抜かずに保管できるスタンドも用意する。

 一般にカートを運ぶ場合、「ハイエース」などの大型バンが要るが、GRカートは「ノア/ヴォクシー」など乗用ミニバンに収まるよう車体の横幅を合わせたほか、積載スタンドや固定具などの専用キットも用意するという。

 親子でカートを楽しみ、車を学べる工夫も施す。小学生から大人まで乗れるポジション調整機構を採用するほか、主要部分には締め付けトルク値を明示する。安価な「GRカート専用工具」も用意し、子どもたちが自分でカートを整備できるようにする。

 自動車メーカーとして安全性にも目配りする。最高速度が低く、エンジンがドライバーの後ろにある入門カートはもともと安全性が高いが、2022年9月には北海道森町で行われた体験イベントで死亡事故も起きた。GRカートの開発が同時期にスタートしたこともあり、市販に向けてはカート専門店やコース運営者らを対象にした安全講習などを検討している。カートコース所有者などで組織する「日本カートランド協会(JKLA)」とも協議を重ねているほか、GR車の販売拠点「GRガレージ」でも研修を始めているという。

 トヨタは、プロドライバーにとどまらず、将来の自動車業界を支える人材やクルマ好きを育む役割をレーシングカートに見いだしているようだ。車のコモディティー(日用品)化や若者の車離れもささやかれる中、世界最大の自動車メーカーによる取り組みに期待が高まる。

(編集委員・水町 友洋)