車載半導体市場が踊り場を迎えた。電気自動車(EV)市場の伸びが鈍る中、中国勢が台頭する一方で、この分野で優位に立つ欧米勢を追撃するはずの日本勢の間では、投資見直しの動きが出ている。〝トランプ政策〟の影響や、合従連衡を含め、各社の取り組みが注目される。
「パワー半導体(の市場状況)は今、限りなく厳しく見ている」。ルネサスエレクトロニクスの柴田英利社長は2月初めの決算会見で、こう強調した。
同社は2024年、甲府事業所(山梨県甲斐市)でのシリコン(Si)半導体の量産、高崎工場(群馬県高崎市)での炭化ケイ素(SiC)半導体の量産を、それぞれ先送りする方針を表明した。柴田社長は今回の会見でも「先延ばしは変わっていない。さらに慎重に見ている。抜本的な見直しをしている」と話した。
「SiCの生産計画自体を取りやめることはあるのか」との質問にも、「SiCに限らず、いつでも何についてでもありうる」と、計画の大幅な見直しの可能性も示唆したほどだ。
今年1月に東京ビッグサイト(東京都江東区)で開催された「オートモーティブワールド」では、半導体をめぐる展示に注目が集まった。単にパワー半導体そのものを展示するだけではなく、EVに搭載する実際の場面や性能をアピールするブースが目立った。
世界をリードする1社、スイスのSTマイクロエレクトロニクス。同社の強みは、材料から最終製品までを一気通貫の垂直統合型で手掛けていることだ。そのブースでは、両面放熱SiCモジュールを搭載したトラクションインバータのレファレンスデザイン(参照設計)が目を引いた。
SiCモジュールは従来、高級車やスポーツカーに搭載されるハイエンドユニット向けが搭載の中心だった。ただ、材料や生産技術の進歩とともに、EV市場が踊り場にあることも踏まえ、エントリーモデルを含め普及帯向けへの展開が視野に入ってきたという。
新興勢も同様だ。イスラエルのファブレス半導体メーカー、バレンズセミコンダクターは、車載向けに高速通信規格「MIPI A-PHY(ミピ・エーファイ)」の半導体ソリューションをデモ。商用車のような長い車内配線でもカメラ画像を遅延なく伝送できる様子を紹介した。先進運転支援システム(ADAS)や自動運転の設計効率化への貢献をアピールする。
各社がこうした具体的な展示に力を入れる背景には、中国勢の台頭がある。パワー半導体を巡り同展で開かれたシンポジウムでは、専門家から「中国勢が追い付いてくるには3年くらいかかると思っていたが、この1年でかなり進んでいる」との指摘があった。米中摩擦で半導体入手が難しくなった中国が、自国内での開発・生産に力を入れ、地場EVメーカーが国産半導体を優先活用する中で、生産が拡大してきたのだ。
日本勢が顔をそろえたカンファレンスもあり、そこでは「これから市場は必ず立ち上がる」「大電流化のトレンドが進む」との期待が示された。
三菱電機は、現状ではEV市場が鈍化したものの、長期的な成長をにらみ、SiCを含め改めて半導体事業を強化する姿勢を打ち出した。同社は米コヒレントとの協業で、ウェハー調達を強化。熊本県菊池市では、11月に新工場棟の稼働を予定しており、増産準備が順調な様子をアピールした。その一方で、トランプ政権の影響も含め、さまざまな動向を注視しながら今後も内外で協業を探っていく考えだ。
開発支援の取り組みもみられる。SiCを使用したパワーMOSFET(金属酸化膜半導体電界効果トランジスタ)などに強みがある東芝は、高耐圧特性や高速スイッチングなどを実現し、電力損失の大幅低減や機器の小型化につなげたことをアピールしている。そして、MOSFETの性能を事前に検証できるオンライン回路シミュレーターの提供を開始し、顧客の半導体選びを支援する体制を整えた。
こうした中、競争力強化に向けては合従連衡の取り組みも見込まれる。三菱電機首脳が再編への意欲を示唆する発言をしたことも、動きが取りざたされる背景になった。その首脳は後日、「一般論」と解説し、個別具体的な方向については慎重な面もあるが、それでも再編の観測は根強い。
EV市場の鈍化によって、当面の成長の目算に狂いが生じた半導体各社である。しかし、この状況に耐えながら新技術開発と生産体制の強化を進めることが、長期的にはEVビジネスでの優位性を確立することになる。こうした体力勝負を乗り切る基盤づくりが、生き残りでますます重要になっている。
(編集委員・山本 晃一)