林新之助(はやし・しんのすけ)社長

 電動化や知能化をめぐる競争が激化し、自動車産業は変革期の真っただ中にある。レガシー(遺産)を持たないテスラや中国新興勢が貪欲に取り入れる最新の設計・生産技術やクルマの機能を伝統的な自動車メーカーが懸命に追いかける構図だ。事業環境もトランプ米大統領の返り咲きなど波乱含みだ。例年以上に難しい舵取りを迫られる部品メーカーのトップに2025年の展望を聞いた。

 

 ―クルマでもソフトウエアの重要性が高まっている

 「デンソーは自動車に搭載されるECU(電子制御ユニット)や半導体、ソフトウエアといった基盤技術を支えてきた。ソフトウエア・デファインド・ビークル(SDV)においては、ソフトの『実装力』『人材力』『展開力』の3つの力で業界を支えていく。SDVの何が難しいかというとECUの統合だ。統合された状態で正しくスピーディーに動かす。『走る』『曲がる』『止まる』のすべてのソフトを統合し、かつクラウドとの接続、大規模データの処理を一つのSoC(システム・オン・チップ)で動かしていく。車に求められる品質とIT(情報技術)の大規模化を実現するため、しっかり実装していく」

 ―半導体事業では協業を広げている

 「自動車における半導体の価値は高まっており、今後もこの動向は続くだろう。その中でデンソーは1968年から半導体の研究を始め、自動車用半導体では世界第5位のメーカーだ。ただ、一言に半導体といってもいろいろなレイヤー(階層)がある。数を束ねるには、パートナーとの協業戦略が極めて重要だ。だから自社でしっかりと生産・開発を強化する領域と、パートナーとの連携で強化する領域をそれぞれ持ち、それを使い分けていくというのが基本的な戦略だ。今後、電動化の波が前へ進むことは間違いないので、どういう連携をしていくか議論を深めていく」

 ―電気自動車(EV)普及期はいつ来ると予想する

 「それは市場が決めることだ。いずれにしてもEVの比率は緩やかに拡大していくことは否定できない。EVやハイブリッド車(HV)、内燃機関も含め、その比率がどう変わるか不確定だが、全体を束ねた台数は見えているのでこの中でいかにフレキシブルに変わることができるかがポイントとなる。トランプ大統領就任についても、米国で作るのかメキシコで作るのか、フレキシブルな生産体制を活用していくことになる」

 ―ホンダと日産自動車の経営統合の影響は

 「個社の力を伸ばすことは当たり前にやらなければならないが、他社と連携して『共に成長していく』という思考がより重要になってくる。デンソーにどう影響があるかというより、業界目線での貢献や責任といったものをしっかり持って動いていかないといけない。自動車メーカーではいろいろな連携があると思うが、ティア1(一次サプライヤー)としてしっかり責任を果たし、業界に貢献していくことが大事だ」

 ―2025年はどのような年になるのか

 「紛争は終わらず世界の分断が進み、雰囲気としては暗い。混沌の時代だが、逆の発想で捉えると、われわれとしては機会の多い大事な年となる。デンソーは75周年を迎えるが、100周年に向けて次の四半世紀を力強く踏み出す1年だ。キーワードは『多様性』と『人』。自動車産業では先進国が引っ張り、そのモデルを時間差で新興国にもっていくというビジネスモデルが完全に崩壊し、技術の成熟化と各地域のエネルギー事情によって多様な進化を遂げようとしている。多様化によるニーズの変化はわれわれにとっては機会だと思っていて、各地域には機能、開発、生産会社があり、さらにローカル人材が育ちつつある。各地域のニーズをキャッチアップしてそれを形にしていく」

 

〈記者の目〉デンソーは車両の電子化で半世紀以上の歴史を持つが、ソフトウエア・デファインド・ビークル(SDV)の時代にはそうした「レガシー」が時として足かせとなることもある。それだけに次世代技術の実装には、組織や人の変革が欠かせない。また、半導体やソフト事業では「共に成長していく」(林新之助社長)仲間づくりが重要となる。クルマの電動化、知能化の時代のキープレイヤーとして、デンソーは日本の自動車産業の行く末を担っているといっても過言ではない。

(福井 友則)