「あしらせ2」は、目的地の方向を前後左右の振動で案内する
ホンダ出身の千野代表(左)とパラリンピックメダリストの半谷選手

 視覚障害者の歩行支援デバイスを手掛けるホンダ発のスタートアップ「アシラセ」(千野歩代表、東京都港区)は、2030年度までの新規株式公開(IPO)を検討している。24年2月時点で5億円あまりの資金調達にも成功し、10月には「あしらせ2」の発売にこぎ着けた。障害者のサポート技術は社会的意義がある半面、市場規模が限られていることもあり、事業化のハードルは決して低くない。アシラセは26年度の黒字化を目指し、海外展開や中核技術を応用した新サービスも模索してIPOを目指す。

 同社はホンダの新事業創出プログラム「イグニッション」から誕生し、21年4月に設立された。30人弱いる社員の3分の2をエンジニアが占め、大半の技術を内製する技術志向のスタートアップだ。資金調達先はベンチャーキャピタルが多数を占め、ホンダの出資比率は10%ほどという。

 「あしらせ」は、靴の内部に取り付けるデバイスとスマートフォンのアプリを連動させ、目的地への向きを複数の振動パターンで知らせるシステムだ。10月に発売した「あしらせ2」は、自動運転車に使われるGNSS(全地球航法衛星システム)技術も用いて現在地の検出精度を高める一方、従来から15%の小型化を図った。

 パリパラリンピックの視覚障害者柔道の銀メダリスト、半谷静香選手は「曲がり角が近づいていることを案内してくれ、緊張する時間が減った」と話す。建物の入り口やトイレを探すだけでもひと苦労で、外出を避ける視覚障害者は多いという。週5回は稽古で外出する半谷選手も、道場までの移動で疲れ、練習に集中できないことも少なくなかったと振り返る。こうした精神的な緊張が軽くなるぶん、視覚障害者からの期待は大きい。

 ただ、その社会的意義とは裏腹に収益化への道のりは険しい。国内の視覚障害者は約200万人とされ、市場規模には限りがある。「あしらせ2」は1台5万4千円(非課税)。同社は年間2200台の販売を目指すが「黒字化にはその3倍ほど売る必要がある」(千野代表)という。

 このため、25年には英国やスペインでの販売も始める予定。さらに「あしらせ」の技術を生かし、高齢者の移動やリハビリ支援、健常者向けのナビゲーション製品などの新たな製品・サービスを模索していく考えだ。新興国での事業展開も考えており、事業運営の安定化に向けIPOを選択肢に入れる。

 ホンダの「イグニッション」は21年にスタートした。起業には応募者自身が1年以内に出資者を見つける必要があるなどハードルは高いが、1回に200件超の応募があるという。ホンダの出資は1件当たり20%以下と決まっている。成長した後に競合企業に買収されるリスクもあるが「社会課題の解決のためには割り切ろう」(同社イグニッションプログラム統括の中原大輔氏)とのスタンスだ。

 最近では、社外のプロジェクトをホンダのエンジニアらが支援する活動も始まった。野心的な取り組みへの支援を通じ、世の中のあらゆる課題の解決を目指すという。

(中村 俊甫)