従業員のアイデアを基に新規事業を創出するホンダ独自のプログラム「イグニッション」から初のベンチャー企業が誕生した。その名は「あしらせ」。視覚障がい者の〝あし〟に、目的地までの道のりを〝おしらせ〟するナビゲーションシステムを開発するベンチャーだ。
「自由に移動するなんてことはあきらめている」―。あしらせの創業者である千野歩代表取締役は、開発のきっかけになった視覚障がい者の声を振り返る。
先進国だけでも1200万人いる重度視覚障がい者は、車やバイクはもちろん、もっとも身近なモビリティでもある「歩くこと」ができない。「人の豊かさを『歩く』で創りたい」(千野氏)。こうした思いから全く新しいナビゲーションシステムの開発は始まった。
商品名でもあるあしらせ=写真=は、スマートフォンアプリと連動したセンサーや電子コンパス、振動モーターを靴に取り付けて使用する。アプリで目的地を入力し、歩行者の位置によって左右どちらかだけ振動させたり、テンポを変えることで曲がる方向や曲がるポイントまでの距離を伝える。防水機能や取り付けの容易さ、バッテリーの性能などの利便性も重視して開発し、2022年度内に発売する予定だ。
あしらせは、ホンダが17年に開始した社内プログラムのイグニッションから生まれた。もともとは本田技術研究所のエンジニアを対象に社会課題の解決につながる社内新規事業を立案させる取り組みだった。だが、「スタートアップとして独立させた方がより早く社会に貢献できる取り組みもある」(水野泰秀常務執行役員)と判断し、20年にはプログラムの対象に「起業による事業化」も追加。さらに21年4月には研究所だけではなく全従業員に対象を拡大した。
「優秀な人材をカーボンニュートラルへの対応に回す」―。昨年秋、F1からの撤退理由をこのように説明したホンダが人材を社外に放出する取り組みを始めたのは、「チャレンジングスピリット」などのホンダが重視してきた精神を改めて従業員に再認識させるためだ。水野氏は「一人の優秀なエンジニアがいなくなるのは痛手だが、それよりもホンダのDNAを刺激する方が良いと判断した」という。
ホンダの創業者である本田宗一郎氏は「妻の買い物を助けたい」という思いから「カブ」をつくった。「人の役に立ちたい」というホンダ創業の精神を改めて醸成し、新しい事業を今後も生み出していく考えだ。