ホンダと日産自動車は車載ソフトウエアのアップデートで自動車を進化させるSDV(ソフトウエア・デファインド・ビークル)や電気自動車(EV)などの領域で協業することで合意した。ホンダと日産は社風や顧客層が異なり、事業上のつながりもこれまでほぼ皆無。自動車産業の競争環境が大きく変わる中、将来に向けた危機感を背景に次世代技術で手を結ぶことを決断した。「(企業)文化に違いはあるが課題の認識は同じで、両社が力を合わせるメリットは想像以上」(日産・内田誠社長)とシナジーに期待を示す両社は生き残ることができるのか。
「試合は始まったばかりで、まだまだ十分に彼らと戦える」-。ホンダの三部敏宏社長が挙げる「彼ら」とはBYD、小米汽車など中国の新興自動車メーカーだ。低価格EVを短期間で開発するなどして急成長している新興メーカーは、ホンダや日産などの伝統的な自動車メーカーの大きな脅威となっている。しかも新興勢力はファーウェイ(華為技術)やバイドゥ(百度)などのIT大手が先進技術で支えており、中国勢が自動車のデジタル化で市場をリードする勢いだ。
次世代EVを中心に「クルマのスマホ(スマートフォン)化」が進むことを見据えて、自動車各社が開発に注力しているのがモビリティサービスを展開するためのSDVだ。スマホのように車載ソフトをアップデートすることで、パーソナライズ化など、多様化するユーザーニーズに対応する。そしてIT業界で定番の「ウィナー・テイクス・オール」(勝者総取り)がSDVによって自動車産業にも波及する可能性がある。
ITそのものであるSDV開発には優秀な技術者と巨額のコストが必要となる。新興勢力に対抗していくには開発スピードも求められるが、ハード中心に成長してきた伝統的な自動車メーカーが「個社で(先行者の)背中をとらえることはできない」(三部社長)のも現実だ。
ホンダ、日産ともにこうした自動車を取り巻く環境の変化に対応するため、それぞれのパートナーと対応を模索してきた。日産は資本提携しているルノーと次世代SDVを開発中だ。しかし、ルノーは昨年、EVとSDV関連事業を分社化した「アンペア」を発足した。これに伴って、ルノーのSDVは欧州市場向けに特化している。SDVは地域に適したモビリティサービスが求められることから、日産は同じ北米やアジアを主力市場とするホンダと手を組むことにした。
一方のホンダは、自動運転やEV関連で協業しているゼネラル・モーターズ(GM)と、SDV分野の連携を検討していた模様。しかし、2027年以降にグローバルで販売する予定だった価格を抑えた量販タイプEVの共同開発計画が中止となった。関係者によると「安全性能とコストに対する認識の違いが原因」という。安全性能の高いSDVを重視するホンダは安全に対する考え方が近い日産を選んだ。
かつての日産は日本の自動車メーカーの御三家の一角として「(当時本社のあった)銀座の霞が関」と呼ばれ、高学歴でエリート意識の高い社員が多かった。ルノーとの資本提携後は外国人や中途採用者が増加、外資系企業のような社風に変わっていった。
これに対して新興でのし上がってきたホンダは学歴を気にしないヤンチャな若い社員も多い。企業としても技術へのこだわりが強く、自動車業界の再編が加速しても自主独立路線を貫いてきた。社風も歴史も大きく異なり、遠い存在だったホンダと日産が急接近したのは、「知能化、電動化の技術革新で従来の構造がダイナミックに変化しており、これに対応できない企業は淘汰される」(三部社長)という危機感からだ。両社の具体的な提携内容のとりまとめに加わったホンダでSDV開発を担当する四竈真人氏は「ライバルとして切磋琢磨してきたので、うまくいくかの不安はあった。危機を前に文化の違いはエンジニアには関係なく、互いにリスペクトしながら密なコミュニケーションが取れた」という。
SDVを共同開発することで両社のエンジニアや技術力を結集できるのに加え「4ケタ億円(数千億円)の開発費を分担できるメリットは大きい」(三部社長)。両社はEVのリチウムイオン電池や駆動用モーターシステムの部品の一部を共通化することでも合意した。ホンダと日産の協業への参加を検討する日産連合の三菱自動車を含めて、量産効果によるEVのコストダウンが見込める。
ホンダ、日産は次世代SDVの要素技術を共同研究し、1年後を目途に基礎研究を完了、量産開発を検討して早ければ30年より前に実装することを視野に入れる。その時点で両社が仮想敵と見定めるBYDなど中国の新興勢力の技術がどこまで進展しているのかは見通せない。
「今動かないと、追いつけない」(三部社長)との危機感から手を結んだ両社だが、ライバルに追いつくのに与えられた時間は長くはない。
(編集委員・野元 政宏)