スズキがカーボンニュートラル(温室効果ガス排出実質ゼロ)時代に「庶民の足」を守るための技術戦略を発表した。重視するのは手頃な価格だ。パワートレインを問わず効果が出る軽量化に力を入れるほか、ハイブリッド車(HV)もソフトウエア・デファインド・ビークル(SDV)も機能とコストの妥協点を探る。圧倒的なコスト競争力を持つ中国製もうならせる次世代車を実現できるか。
「小さくて軽いクルマはエネルギーの極小化に大きく貢献する。スズキの歴史は顧客と地球環境に寄り添ったクルマづくりであり、これに挑戦することがスズキの使命で、スズキには受け継がれてきた軽量化の歴史がある」。鈴木俊宏社長は17日、都内で開いた技術戦略説明会でこう語った。
10年先もこだわるのが普及を前提とした低価格のエコカーだ。そのため、まずはゼロベースで軽量化に取り組む。資源の節約やコスト削減に直結し、運動性能とともに燃費や電費も向上するなど、軽量化は良いことずくめだ。
まず、取り組むのがプラットフォームの進化だ。スズキ車には現在、〝全体最適〟を合い言葉に2014年に開発した軽量プラットフォーム「ハーテクト」が多く使われている。ただ、新車開発のたびにエンジニアのこだわりや法規対応が加わり「(一部が)つぎはぎになっている」(鈴木社長)という。このため、改めて全体最適に回帰し「スーパーハーテクト」を開発。スズキ車で一番軽い現行「アルト」(約680㌔㌘)比で30年頃に100㌔㌘の軽量化を目指す。
肉厚を薄くできる超高張力鋼板、特にホットスタンプ(熱間プレス)材を積極的に用いる方針だ。複雑な形状に加工できる特徴を生かして部品を大型化し、部品点数や工程を減らしてコストダウンを図る。樹脂も発泡材料を使うことで使用量やコストを減らす。減衰接着剤で振動や騒音を低減しつつパネルの溶接工程を減らすなど、性能や品質を落とさずに軽量化とコスト削減の低減を実現するさまざまな技術を模索する。
電動車でも視線の先にあるのは庶民向けだ。例えば足元で見直されつつあるHV。スズキは、アイドリングストップ時に電力を供給する12㌾のマイルドHVを実用化している。今後は、発進時や燃費の悪い中低速域でモーターアシストする「48㌾スーパーエネチャージ」を新たに開発する。モーターとエンジン、それぞれ効率の高い領域を組み合わせ、車載電池を最小化してコストを抑える。
HVに用いるエンジンも「スイフト」向けに開発した最大熱効率40%の3気筒Z12E型をベースに、軽から排気量1・5㍑級の小型車まで幅広く展開し、量産効果でコスト削減を目指していく。
EVも重視するのは価格だ。大型一体鋳造技術「ギガキャスト」など、大手が専用プラットフォームの採用に動く中、スズキは内燃機関車用プラットフォームを流用する。今回、モーターとインバーター、減速機を一体化した軽用のeアクスルも披露した。電池は開発や生産に莫大な投資が要るため「研究のみ」だが、EVのコストダウンと小型化に向け、eアクスルの内製化を志向していく。
スズキの次世代車に対する考えが端的に現れているのがSDVだ。スマートフォンのように販売後もさまざまな機能を追加でき、自動車メーカーが得る売り上げの4割を将来的にソフトが占めるとの見立てもある。
しかし、鈴木社長は「『使えない技術を入れても仕方ないですよね』と思う」と、フルスペックのSDVとは一線を画す。同社がイメージするのは必要な機能だけに絞り込まれた「SDVライト」。ライトは「軽い」ではなく「正しい」という意味だ。「スマートフォンにも使わない機能が多く用意され『機能を減らしてハードを安くしてほしい』という人が大勢いる。目指しているのは『これくらいがちょうどいい』だ」(鈴木社長)。
総務省「小売価格統計調査」による軽の平均価格(今年1~6月)は163万円。04年の同時期平均は101万円だ。性能や装備も格段に向上したが、20年で60万円以上も値上がりした。先進運転支援システム(ADAS)やオプション込みで250万円を突破することも珍しくない。BYDなどの中国製EVやプラグインハイブリッド車(PHV)が低価格を武器に世界で台頭しつつある中、「庶民の下駄代わり」というスズキ車の立ち位置を守ろうとするスズキ経営陣の経営判断は吉と出るか、それとも凶と出るか。
(編集委員・野元 政宏)