自動車部品開発で培った技術を生かし、宇宙関連事業に乗り出す動きが、サプライヤーで相次いでいる。車載で求められる堅ろうさをはじめとした性能の高さを生かし、宇宙開発の発展に貢献しつつ、得られた知見を地上のモビリティーの進化にもフィードバックすることなどが狙いだ。新分野の開拓とともに、人材確保への貢献といった副次効果も見込む。宇宙航空研究開発機構(JAXA)の新しい主力ロケット「H3」3号機の打ち上げが1日、成功したばかり。宇宙事業に対するさらなる機運の高まりも予想される。
「タイヤ業界に入って、まさか宇宙関連の研究開発をすることになるとは」。エンジニアがそんな「うれしい驚き」を漏らすのはブリヂストンだ。2019年から、月面探査車向けのタイヤを研究・開発している。今年4月には新世代のタイヤを公開した。
月面でのタイヤは当然ながら、地上とは全く異なる環境・条件に対応することが求められる。空気を使わず、激しい寒暖の差や放射線にも耐える。さらに砂地でも沈み込まないように走らないといけない。こうした条件に対応するため、空気が不要な「エアフリー」技術を目指し、板バネでスポークを構成して、曲げ剛性で荷重を支える「スポーク構造」を採用。「極限状況で人を乗せて安全・安心に走れる技術は、地上でも生かせる」(担当者)という。採用でも宇宙関連情報に志望者から関心が寄せられる。
1日のH3打ち上げを、固唾をのんで見守っていたのは、沖電気工業(OKI)グループのOKIサーキットテクノロジー(鈴木正也社長、山形県鶴岡市)。やはり車載で培った技術をさらに磨き、宇宙向けに電子回路のプリント配線板を手掛ける。
もともとは、製品の品質を顧客にアピールすることを主眼に開発した。同社はほぼ全量が産業用の高機能なプリント配線板で、社会インフラから通信機器、計測機器、半導体テスターなど幅広い分野に向けて、多品種少量の製品を供給している。差別化の一環として、宇宙関連の認定を取得することにしたところ、アピール効果に加えて、実際の採用も増えてきた。
同社の強みは、プリント配線板の設計から生産までを一貫して行っていること。高品質に加えて、難しいオーダーを短納期でこなすことができる。宇宙向けでは、耐熱衝撃性や耐放射線機能などの構造が求められる。さらに、メンテナンスができないので長期間にわたる信頼性も必要となる。同社は「培った基礎技術が、宇宙用の製品開発に役立っている。今回のH3打ち上げでも、多くのプリント配線板が搭載されていた」と打ち上げ成功を喜ぶ。
古河電気工業も昨年、東京大学と人工衛星に関する社会連携講座を開設し、衛星事業に参入すると発表した。車載などで培ってきた光工学技術や放熱技術、電源技術に、これらの総合的な関連技術などを活用。機器の小型化や通信の高速化・大容量化に対応する新しいソリューションの提供に取り組む。30年に100億円規模の事業を目指している。
こうした機運を高めている一つの背景が、超小型衛星の利用だ。多数の衛星で構成する「小型衛星コンステレーション」が活躍し始めており、宇宙関連事業の市場が拡大していることが背景にある。
大手ばかりではなく、中小企業も意欲を示す。原田精機(原田浩利社長、浜松市中央区)は自動車部品が事業の柱だが、宇宙関連をもう一つの柱に据えている。
同社は元々、高度な要求に対応するため、自由曲面を切削できる5軸加工に早くから投資したり、3次元CAD/CAMをいち早く導入するなど、ニーズに対応してきた。00年のイベントに出展したのを契機に、宇宙関連に着手。以来、大手メーカーからの依頼が途切れることなく安定しているという。
それ以来、各種の機器などを展開。超小型人工衛星を開発・製造し、国際宇宙ステーション(ISS)から軌道に放出された実績もある。設計や製造などを一気通貫で手掛けることができるのが強みという。惑星探査車も開発しており、宇宙以外でも活用が期待される。
また、同社の地元では、商工会議所などの支援で、輸送機器関連企業が航空・宇宙関連の市場開拓を目指すといった動きがあるという。
実は、H3ロケットの電子部品の大半は、自動車用電子部品から「転用」されている。宇宙分野では異例のことで、約90%が自動車や民生用部品という。部品構成だけ見れば、H3はほとんどクルマのようなものとも言える。
従来のロケットでは、バルブやセンサー、電気・電子機器は宇宙用に開発した部品を使用していた。こうした部品は特殊な仕様で、使用個数も少なく非常に高価だった。そこでH3では、自動車用など民生部品を積極的に採用。大量生産されているため安価で、さらに信頼性も高いなどH3の進化に大きな効果をもたらした。
H3への部品の適用においては、放射線試験による耐性評価を踏まえ、適用可能な部品を選定する。部品選定基準や安全基準にも関わるため、JAXAと民間企業が連携して評価した。
JAXAは、H3打ち上げの記者会見で「車載部品の技術は、H3の低コスト化と高性能のキーになっている」と改めて指摘した。その上で、「民間の技術は宇宙で活用できるものが多い。敷居を下げて(考えて)ぜひ参画してほしい」と呼びかけた。
(編集委員・山本 晃一)