トヨタが開発を進める有人月面探査車「ルナクルーザー」
昼間は太陽光発電で水を電気分解し、水素と酸素を生成して貯蔵する

 トヨタ自動車が有人月面探査車「ルナクルーザー」の開発を本格化している。さまざまな研究機関や企業と連携して、新しい分野である宇宙でのモビリティに挑む。キーとなる技術が動力源となる再生型燃料電池(RFC)の技術だ。RFCはエネルギー源が限られる月面で、大型の有人月面探査車を長期間稼働させるための小型軽量なエネルギーシステムだ。トヨタはRFCの開発で培った技術は、地球上の離島や災害などで停電となった地域への電力供給に活用することも視野に入れる。ルナクルーザーは米航空宇宙局(NASA)が主導する有人月探査計画「アルテミス計画」で、2029年ごろに大型ロケットで打ち上げる予定。トヨタの月面探査車開発プロジェクト長である山下健氏は「29年を待たずにRFCの技術を社会に還元したい」と意気込む。

 アルテミス計画には、「有人与圧ローバ」と呼ばれる車内で人が生活できる月面探査車を開発する計画があり、23年5月にNASAが有人月面車を公募したところ、現時点で応募はトヨタのルナクルーザーだけ。

 トヨタは19年に宇宙航空研究開発機構(JAXA)と共同研究協定を締結し、月面探査車の開発を本格的に着手した。JAXAとの共同研究は22年にいったん終了し、現在は24年に想定している本体の開発着手に向けて、トヨタ内で先行開発を進めている状況だ。

 ルナクルーザーでは、宇宙ステーションと同様、クルーが車内では宇宙服を脱いだ状態で生活することを想定する。車両のボディーサイズは全長6㍍、全幅5・2㍍、全高3・8㍍と、マイクロバス約2台分の巨体。しかし、乗員2人分の居住空間は4畳半のワンルーム程度しかないという。ルナクルーザーの月面探査ミッションは、有人で最大42日、無人で320日を計画する。月面の厳しい環境に対応するための装備や探査機器を搭載する月面探査車は、車内スペースが限られるため、小型軽量なエネルギーシステムが求められる。

 月は昼と夜の周期が2週間ごと。小型探査機は太陽光パネルで発電した電力をバッテリーに蓄電して動力を得るが、マイクロバス2台分で重量10㌧のルナクルーザーを蓄電池のみで動かすとなると、かなりの容量が必要になる。ルナクルーザーが月面探査で目指している航続距離は1万㌔㍍で、これを実現するために開発しているのがRFCだ。

 RFCは、水電解装置と燃料電池を組み合わせたエネルギーシステムで、2週間続く昼間に太陽光発電で水を電気分解し水素と酸素を生成して貯蔵する。その後、2週間続く夜間は、燃料電池システムで水素と酸素を化学反応させて得る電力をエネルギーとして活用する。水素と酸素の化学反応で生成される水は貯蔵しておき、昼になったら水電解のための原料とする。こうしたサイクルを繰り返すことによって、月でエネルギーの「地産地消」を実現できる可能性がある。さらに、RFCは、リチウムイオン電池を搭載するより大幅な小型軽量化が可能になるという。

 月面はクレーターや傾斜、岩石もあるかなりの悪路で、表面は「レゴリス」という粒子の細かい砂で覆われており、高い駆動制御技術が求められる。夜の表面温度はマイナス170度で、放射線も降り注ぐ月面ではゴム製品が使えないことから、ルナクルーザーはブリヂストンが特別に開発した金属製タイヤを使用する。

 乗員の負担軽減のために、悪路を自動運転走行する技術も求められる。地図やGPS(全地球測位システム)がない月面での自己位置測定には「電波航法」や「スタートラッカー」といった技術を導入する。車両周辺の障害物や路面状態の検知にはLiDAR(ライダー、レーザースキャナー)を活用する。そして月面の「道なき道」を走破するための技術は、地球上でも、災害時や危険な地域での自動運転に役立つ可能性がある。

 ルナクルーザーの開発では、24年にも打ち上げが予定されている三菱重工業の無人月面探査機「LUPEX(ルペックス)ローバ」の成果もフィードバックする。ルペックスは無人探査機で、月の水資源に関する調査が目的だが、月面環境で走行実証データをトヨタに提供する。自動車メーカーのトヨタには、月面環境に関する知見がほぼ皆無だ。このため、山下プロジェクト長は「協業各社との連携で、自動車産業と宇宙産業の技術を融合しチャレンジしていきたい」と話す。