チップレットは、小間切れにした複数のチップを接続して1つのパッケージにする
「分散していたものを一つのチームとして開発を加速する」と話すASRAの山本圭司理事長(写真中央)

 日本で車載半導体の主導権を取り戻す-昨年12月にトヨタ自動車、ホンダ、ルネサスエレクトロニクス、パナソニックオートモーティブシステムズ(PAS)などが出資して設立された自動車用先端SoC技術研究組合(ASRA、山本圭司理事長=トヨタ自動車シニアフェロー)が、政府の先端半導体製造技術開発を支援する補助金を受けて本格始動する。取り組むのは自動運転や電動車など、次世代車のキーとなる技術の実現に必要不可欠な車載向けの先端半導体だ。戦略物資となっている先端半導体の国内生産体制の整備が進む中、国内の知見を結集して、車載半導体を設計する能力の確保に挑む。

 「高機能、高性能なSoC(システム・オン・チップ)を設計するに当たっては、自動車の電子プラットフォームの構造を設計した上で、それに対して1番機能する半導体が有り難いが、今は順番が逆。NVIDIA(エヌビディア)やクアルコムの半導体ラインアップの中から採用しており、やりたいことができない」(山本理事長)。

 自動車には1台当たり1千個以上の半導体が搭載されており、自動車の先進的な機能を大きく左右するキーデバイスとなっている。さらに自動運転・先進運転支援システム(ADAS)や電動化技術、車載AI(人工知能)などの次世代車向け先進技術は、車載半導体によって実現する。

 こうした先端半導体の主導権は米エヌビディアなどの海外の半導体大手が握る。このため、新型車開発と先端半導体の新製品投入タイミングがズレると「新型車に古い世代の半導体を使うしかない。こうしたケースは日常的に起こっている」(山本理事長)という。

 こうした状況を打開するために設立したのがASRAだ。次世代車向け先端半導体として有望視されるチップレット技術を採用した車載SoCの技術の確立を目指す。チップレットは大規模な半導体チップではなく、小間切れにした複数のチップを接続して1つのパッケージとする。小さいチップにすることで歩留まりが改善し、コストを低減できる。

 また、車載半導体は世代の古いレガシー半導体を搭載するケースも多い。チップレットなら世代の異なるロジック回路を組み合わせることで、オーバースペックになることを防げる。急速に進化しているAIに合わせ、1チップすべてを変更しなくてもAIに関する回路だけ新しいものに更新すれば、コストと開発期間を圧縮できる。

 チップレットはすでにデータセンターなどで実用化されている。ASRAは機能安全性能や、熱・ノイズ・振動への耐久性、リアルタイム処理などの面で自動車向けに適用できるチップレット技術を採用したSoCを開発する。

 ASRAにはトヨタなどの国内自動車メーカー、デンソーやPASなどの電装部品メーカーに加えて、ルネサスやソシオネクスト、日本シノプシスなどの半導体関連企業も参画している。自動車と半導体関連企業が連携し、次世代車の知能化や電動化を実現するハイパフォーマンスコンピューターをチップレットで実現することを目指す。

 参画企業はライバル同士だが、ASRAで手がけるのはチップレットの「土台」部分だけで、アプリケーションで差別化する。山本理事長は「自動車メーカー、ティア1(1次部品メーカー)、半導体業界の知恵を集約して開発スピードを上げる。分散していたものを一つのチームとして開発を加速する。こうした事例は海外にもない」と、車載半導体を通じ、次世代車の競争力を強化する方針を示す。

 国内では、世界トップクラスの先端半導体製造技術を持つ台湾積体電路製造(TSMC)の熊本工場が開所したほか、国産の先端半導体を目指してラピダスが北海道に半導体製造工場を建設中だ。車載向け先端半導体を国内で調達する環境は将来的に整備される。特にラピダスはチップレットにも対応する方針。先端半導体のユーザー側である国内自動車メーカーが先端半導体の設計技術を確立することは、最先端の車載半導体の主導権を取り戻し、次世代自動車の競争力を強化することにつながる可能性がある。

(編集委員 野元政宏)