電池や車の開発・量産では先を進んだが…

 自動車メーカー、電池メーカーが「バイ・アメリカン」の要素の強いIRA法に対応して米国での投資を本格化しているのは、米政府の支援があることも大きい。IRA法では、米国で生産する電池セルとモジュールの組み立てに対して1キロワット時当たり45ドル、正極材・負極材の加工コストの10%、精製コスト10%の税控除が受けられる。米国内での電池製造に巨額の補助金が用意されていることが、巨額投資に向けて各社の背中を押す。

 米国市場が稼ぎ頭のスバルは今年5月、2500億円を投じて23年以降、日本でEVの生産体制を整えると公表したが、今後、再検討を迫られる可能性は高い。IRA法は経済安全保障上、重要な「電池」に関して、中国依存からの脱却を狙った保護主義的な性格の強い制度なのは明らかだが、EV関連産業の集積化に関しては、米政府の目論見通りに進んでいる。

 旭化成の名誉フェローでノーベル化学賞を受賞した日本人の吉野彰博士がリチウムイオン電池を開発し、世界で初めてリチウムイオン電池を商業化したのはソニー、そして世界で初めて量産型のEVを市販したのも日本の自動車メーカーだ。にもかかわらず、EVでも、将来のモビリティのキーデバイスであるリチウムイオン電池でも日系企業は出遅れている。

 今から7年前の15年、車載用リチウムイオン電池市場で、シェアトップはパナソニックだった。それが21年は中国の寧徳時代新能源科技(CATL)が世界トップ、2位が韓国のLGエナジーで、パナソニックは3位に転落した。今年に入ってからパナソニックは中国の比亜迪(BYD)にも抜かれてシェア4位にまで落ちている。EV・PHVの世界販売でもトップは中国のBYD、2位が米国のテスラ、3位が上海通用五菱汽車を含むゼネラル・モーターズ(GM)、4位がフォルクスワーゲン(VW)、5位がBMWなど、トップ10に日本の自動車メーカーは1社も入っていない。

 米国のIRA法だけではない。中国も補助金の支給などで、官民挙げてEVの普及を推進している。35年にハイブリッド車を含む内燃機関を搭載した自動車の新車販売禁止を決めた欧州連合(EU)でも電池工場の新増設に対して、巨額の助成制度が用意されている。スウェーデンのノースボルトやフランスのACCなど、欧州電池メーカーだけではなく、中国のCATLや韓国のサムスンSDI、LGエナジーなど、中国・韓国の電池メーカーが欧州域内で電池工場の新・増設を加速している。

 欧米や中国の新車市場でEVの販売比率が急上昇している。EVやリチウムイオン電池に強いメーカーの存在感が高まっており、これらの市場ではすでに「ゲームチェンジ」が始まっているが、日本は取り残されている。

 日本政府が立ち上げた「蓄電池産業戦略検討官民会議」では、車載用電池市場での日系のシェア低下を懸念、遅くとも30年までに国内で150ギガワット時の生産体制を整えるとともに、グローバルで日本企業全体で600ギガワット時の生産能力を確保する目標を掲げた。しかし、日本の電池・材料メーカーや自動車・部品メーカーなど、約120社が加盟する電池サプライチェーン協議会では「国内150キロワット時を実現するには、民間企業の(工場1ケ所当たりの)投資を米国や中国並みに抑える必要があり、そのためには(日本の)政府の補助金が現在の3倍は必要」と訴える。

 日本政府の総合経済対策では、電池工場に対する補助金は盛り込まれていない。ガソリン価格を抑制して化石燃料の使用を促進しながら、補助金でEV購入を促進するという、脱炭素社会に向けては矛盾ともとれる政策はあっても、補助するEVや電池は、国産に限るなどの政策も打ち出されていない。EV販売比率の低いタイでも22年から、EV購入補助金の対象とするためには、25年までにEVを規定の台数を現地生産することが条件になっている。

 自動車業界はEVシフトに向けて大きく舵を切っている。その現実を直視し、国の基幹産業である自動車業界が世界で戦えるような政策が求められる。

(編集委員 野元 政宏)