香取教授と光格子時計
43回目の「本田賞」で記念講演
魔法の入れもの「光格子」の模式図
スカイツリーでアインシュタインの理論を実証
表彰式には家族と出席(中央3人が香取教授と家族)
香取教授
光格子時計

 〝300億年に1秒〟しか狂わない「光格子時計」を発明した東京大学大学院工学系研究科の香取秀俊教授が、優れた科学技術者を顕彰する本田財団(石田寛人理事長)の「本田賞」を受賞した。その精度は国際原子時を計るセシウム原子時計の1千倍という極めて高いレベルにある。これを生かせば「自動運転の高度化が期待できる」(ホンダ・倉石誠司会長)など、自動車分野でもアプリケーション開発が注目されている。香取教授は17日、都内で行われた本田賞授与式の記念講演で「さらなる高精度化と小型化を進める」ことにより、人類と社会に役立つ技術に仕上げたいと意欲を述べた。

 東大で清水富士夫教授(当時)に師事し物理工学を学んだ香取教授は、五神真氏(現理化学研究所理事長)の研究プロジェクトなどを経て2001年、英国の国際会議で光格子時計のコンセプトを発表以来、20年以上にわたり研究開発を続けている。その「〝魔法の入れもの〟(光の格子)の中で原子の振動を測り時間計測の誤差を大幅に減らす」という斬新なアイデアの実験に初めて成功したのは03年。そして05年には〝時計〟に仕上げることを実現した。

 光格子時計は多数のレーザー装置を原子の振動計測に用いるため精密で小型化が難しく、研究室の外に持ち出せなかった。しかし島津製作所との共同研究によって約1千㍑(家庭用冷蔵庫の2倍)に小型化。2020年にその装置を東京スカイツリーの地上と展望台(高さ450㍍)に設置して「重力の強い場所では時間がゆっくり進む」というアインシュタインの「一般相対性理論」を実証した。重力が弱い展望台では時間が地上よりも10億分の4秒速く進んでいることを明らかにし、大きな注目を集めた。

 こうした高い精度が求められる事象の検証には従来、宇宙衛星と地上の間など数百㌔㍍以上の高低差が必要だった。これを450㍍の高低差で実現したところに、光格子時計の大きなポテンシャルが示される。

 現在の国際社会ではGPS(全地球測位システム)に搭載された原子時計が電子商取引の基準時間や精密計測に活用されている。その1千倍の精度を持つ格子時計は、まず火山活動に伴う地面の隆起といった地形変化の観測に役立つ。現在は1㌢㍍単位の精度だが「1㍉㍍単位での計測がみえてきた」(香取教授)と、さらなる精度向上に手ごたえを示す。装置の大きさを200リットル(小型冷蔵庫並み)に抑えることにもめどをつけた。

 香取教授は「長年研究を楽しんだので、人類や社会に役立つ成果を上げたいと年を取るに従いだんだん考えるようになった」という。ただ、現在の社会や産業には、革新的な精度を持つ時計を使いこなす準備やアイデアがまだできていない。このため「20年、30年、半世紀先を見据えて考えていきたい」とし、時間が必要だとみている。

 光格子時計の研究成果は高校の理科の教科書に取り上げられた。それで学んだ高校生が「大学生になったらいいアプリケーションを見つけてくれる」ことを期待し、研究開発の成果と思いを次の世代に引き継ぐ環境づくりにも力を入れていく。(有馬 康晴)

※画像6点は本田財団提供

 〈プロフィル〉東京大学大学院工学系研究科 物理工学専攻教授 香取 秀俊氏(かとり・ひでとし)

 1988年東京大学工学部物理工学科卒、94年東大大学院論文博士(工学)、97年科学技術振興事業団ERATO五神協同励起プロジェクト基礎グループリーダー、2010年から現職。このほか理化学研究所香取量子計測研究室招聘主任研究員/光量子工学研究センター時空間エンジニアリング研究チームチームリーダー、科学技術振興機構未来社会創造事業大規模プロジェクト型「クラウド光格子時計による時空間情報基盤の構築」プログラムマネージャーなど。58歳。

〈用語解説〉

【光格子時計】 レーザー光で卵パックのような形の「魔法の入れもの」(光格子)を作り、その中で余計なエネルギー変化を与えないように原子をつかみ振動数を測定して時間の基準となる〝1秒〟を割り出す時計。セシウム原子時計が利用するマイクロ波よりも周波数が高い光学的な手法を用い、1度に100万個の原子を素早く測定する技術の確立が実現のポイントになった。現在は誤差がセシウム原子時計よりも3桁少ない18桁(10のマイナス18乗秒)の精度を確保しており、1㌢㍍単位で高低差を計測できる。香取教授は現在、㍉㍍単位で測れる19桁への精度向上に取り組む。

【本田賞】 本田宗一郎氏と本田弁二郎氏が設立した本田財団が自然や社会環境と調和する科学技術「エコテクノロジー」の観点で優れた功績を上げた科学技術者を顕彰するため1980年創設。日本初の科学分野の国際賞で今回が43回目。