SDVの本質とは何か?
SDV時代のタイヤメーカーの戦い方
朝長 仁碧ディレクター

 従来のクルマと概念が異なる、新たなクルマ≒ソフトウエア・デファインド・ビークル(以下、SDV)時代が到来し、SDV時代の競争にタイヤメーカーも挑戦が求められている。SDVの本質はエンドユーザーを中心とし、エンドユーザーの体験向上/パーソナライズされた価値提供を行う「カスタマーデファインド」にある。

 SDV最前線である中国では、OEMがエンドユーザーの声を収集し、車両開発に反映。その車両開発リードタイムを短縮し、エンドユーザーが求める価値を素早く具現化する。車両の販売後も継続的な価値更新を行い、市場の反応を再び車両開発に生かす「マーケットイン」型のクルマづくりを志向している。このエンドユーザー起点の競争原理がOEMだけでなくサプライヤーにも波及し、適応したサプライヤーが選ばれる構造となっている。

 中国で進むSDV化は、対岸の火事ではない。中国発SDVのグローバル展開が着実に進んでいる。中国市場での競争力がなければ、今後のグローバル競争で力を失う可能性があると言っても過言ではない。今年4月の上海モーターショーで披露された新車の多くに欧州系タイヤが採用されていた。モーターショー以外の新車発表時にも欧州系タイヤの採用が大々的に発表されている。対して、当地での日系タイヤの存在感はアジア系タイヤメーカーに比しても薄い。

欧州タイヤがSDV対応で先行

 欧州系タイヤメーカーはプレミアムブランド戦略を武器に中国市場でのプレゼンスを拡大してきた。SDV化が進む中国市場での競争力を向上するため、さらなる進化を遂げつつある。ある欧州系タイヤメーカーでは企画から量産指示までのリードタイムに1年を要していたが、市場やOEMの変化に追随すべく特に試作工程を中心に期間を半分に短縮。また、「走る」「曲がる」「止まる」を支える基本性能だけでなく「見た目」にもこだわり、クルマのプレミアム価値を高めている。

 また、自社アプリや第三者プラットフォームからエンドユーザーのデータを収集、それを商品企画やマーケティング、OEMへの提案に活用し、マーケットイン型ビジネスへの変革を進めている。さらに、直近取り組みを本格化しているのがSDV向け車載ソフトウェア「タイヤヘルスチェック」の開発だ。SDVでは部品の故障予知、交換予測などをクルマ自身が行い、メンテナンスや交換をエンドユーザーに提案する機能の実装が進む。欧州系タイヤメーカーはこの与件に対応しようとしている。タイヤの空気圧や残溝などを検知し、メンテナンスや交換通知を行うこのソフトがプリインストールされれば、タイヤメーカーは〝クルマ〟におけるエンドユーザーとの接点を獲得し、これまで掴みづらかったタイヤ交換・メンテナンスの〝きっかけ〟をいち早く掴むことができる。車載データ利用の許諾や車載システムとの連携などのハードルはあるが、タイヤヘルスチェック搭載となれば、これまで成しえなかった車載データへのアクセスの端緒となる。これはマーケットイン型ビジネスへの変革をより進める鍵となる。

データ起点で真のマーケットインへ

 「タイヤヘルスチェック」にはタイヤメーカーだけではなく、間接式TPMSサプライヤーや新たなビジネス創出を狙うテック系スタートアップ企業も複数参入・開発を進めており、競争が始まっている。前述の欧州系タイヤメーカーは車載システムサプライヤーやスタートアップと提携または買収も駆使し、必要なデジタルケイパビリティをキャッチアップ。さらにブレーキやサスペンションメーカーとも連携し、関連部品と掛け合わせたシステム化も進め、競争力を高めようとしている。本領域での競争は始まったばかりでまだ勝者は決まっていない。しかし、1つの車載システムに複数のタイヤヘルスチェックが採用される可能性は低く、早期に市場に参入しなければ後発組は厳しい壁に直面する。日系タイヤメーカーは技術開発・市場参入を急がねばならない。

 まとめると、日系タイヤメーカーがSDV時代に適応するには①既存のタイヤ開発プロセスの変革(プロダクトアウトからマーケットイン型への転換と開発期間の短縮)②車載タイヤソフトの開発・導入③SDV化による購買行動変化への対応(デジタル化が進む一方、リアルな購買体験の重要性も残る)④顧客タイヤに関わるデータを統合したC-M-T(Customer-Mobility-Tire)データプラットフォームの構築―この4つの取り組みが重要と考える。

 日系タイヤメーカーは近年、タイヤのハードでのプレミアム路線への転換を進めてきた。しかしSDV時代に求められる「プレミアム」はハード面にとどまらず、ソフトや顧客体験も含めた意味合いに変化していくと考えられる。新時代の競争を勝ち抜くためには、ソフトウェアとデータを活用したマーケットイン型価値提供への本質的な変革が求められる。

〈プロフィル〉
朝長 仁碧(ともなが・じんぺき)
デロイト トーマツ コンサルティング Automotive Unit ディレクター
タイヤ業界を中心としたサプライヤー及び自動車OEM向けに、新規事業・サービスの構想策定から事業計画、実証実験、事業立ち上げまでの支援経験を多数有する。