戦前、とくに大正期以前の小説の特徴の一つに、衣服についての描写が詳細を極めている、ということがある。女性を描く場合は髪の結い方に触れていることも多い◆芥川は「手巾」で登場人物の婦人をこう描いている。「上品な鉄御納戸の単衣を着て、それを黒の絽の羽織が、胸だけ細く剰した所に、帯留めの翡翠を、涼しい菱の形にうき上がらせてゐる。髪が、丸髷に結ってある事は…