F1は23年から米ラスベガスで開催するなど北米で人気が急上昇している(Getty Images / Red Bull Content Pool)
LVMHはF1と10年間の契約を締結。傘下のルイ・ヴィトンもプロモーションに活用
ホンダは「将来を切り拓く」エンジニアの育成の場として期待する(21年型のPU)
トヨタもハースと提携し、人材育成などに生かす
26年からはアウディやGMが新規参戦する

 自動車メーカーがF1(フォーミュラワン)世界選手権への動きを活発化させている。技術規則が改正される2026年にはホンダが復帰するほか、アウディ、ゼネラル・モーターズ(GM)、フォード・モーターも参戦を予定する。さらにトヨタ自動車も昨年10月、既存チームとの提携を発表。26年には計10社がF1に何らかの形で関与し、「戦国時代」の様相を呈する。思惑は三者三様だが、世界のスポーツコンテンツの中でもF1の価値が高まっていることが背景にある。

 F1は今年、初開催から75年の節目を迎えた。1950年から参戦し続けるフェラーリのほか、2025年現在はメルセデス、マクラーレン、アストンマーティン、アルピーヌ(ルノー)、さらにホンダも技術支援の立場で参戦している。26年からはアウディ、フォードも加わり、GMも「キャデラック」としてグリッドに並ぶ。

 26年からの新規参入が相次ぐ背景には、規則の大幅な変更がある。動力源であるパワーユニット(PU)は、これまで排気量1.6㍑のV6エンジンに「運動エネルギー回生システム(MGU―K)」と「熱エネルギー回生システム(MGU―H)」を組み合わせる、複雑な構成だった。

 新規則ではMGU―Hが廃止される一方、MGU―Kに用いるモーターの出力は約3倍の350㌔㍗に増加。最高出力の半分近くをモーターが担う。さらに燃料も100%「カーボンニュートラル燃料」となる。各社が環境を意識した電動化戦略を進める中、PUが「電気リッチ」となることが参戦の追い風として働いている。

 ただ、自動車メーカーでもF1に関する技術開発やチーム運営は、市販車部門から独立した別会社が担っているケースが大半だ。欧州メーカーは人材の採用も独自で実施するなど、市販車との技術的なシナジーが見込みにくいのが実態だ。

 それでもなぜ、メーカー各社は大金を投じてF1に挑むのか。大きな要因として考えられるのがブランドの強化といったマーケティング面だ。

 スポーツビジネスを手掛ける米リバティ・メディアは17年にF1の商業権を取得し、SNS(交流サイト)や動画配信サイトでのコンテンツを強化するなど、改革を進めた。開催地もそれまでの欧州主体から北米でのレース数を増やし、現地での注目度も急増。世界のF1ファンの平均年齢は37歳と、他の世界的スポーツと比べても若年層の取り込みに成功している。

 さらにF1は、エネルギーの大手サウジアラムコや、ルイ・ヴィトンを傘下に持つLVMHなど、世界的企業とのパートナーシップ契約も次々に締結。運営会社フォーミュラ・ワン・グループは24年の総収益が前年比13%増の36億5300万㌦(約5400億円)だったとしている。

 注目度の高さは参戦メーカーにも恩恵をもたらす。少量生産のスポーツカーブランド、アストンマーティンは車両価格約2500万円の「ヴァンテージF1エディション」をすでに400台以上販売したと報じられている。

 また、人材育成への効果も期待される。昨年10月、ハースとの提携を発表したトヨタの豊田章男会長は「世界最高峰のモータースポーツであることはわれわれも認めているところ。ドライバーやエンジニアに、夢と希望を与える道筋ができる」と話す。

 F1の開発現場では3カ月分の成果が修士論文1本分に相当するとも言われる。毎年の新車開発に加え、シーズン中も改良を繰り返すため、限られた時間内でいかに最大限の効果を出せるかが問われる。トップチームでは産学連携による技術開発も盛んだ。

 かつてF1は「走る実験室」とも呼ばれたものの、近年は規則の特殊性から量産車との親和性は薄らいでいる。それでもエンジニアが鍛えられる環境であることは間違いない。スポーツコンテンツとしての可能性にも世界中から熱い視線が注がれている。

 今シーズンは16日、豪州で開幕戦が開かれた。26年型PUの認可取得期限は26年2月に設定されており、1年を切った。参戦予定の自動車メーカーがどう動くのか、今後は一層注目を集めそうだ。

(中村 俊甫)