車両の展示は最小限で、開発ストーリーなどの発信に力点を置く
地下鉄表参道駅出口付近の好立地に構えた
1階にカフェを置き、誰でも入りやすい雰囲気を作った
2階も木目調で暖かみのある空間に

 マツダのブランド発信拠点「マツダトランスアオヤマ」が6日、東京都港区にオープンした。マツダが都心部にブランド拠点を設置するのは「マツダロータリー原宿」(東京都渋谷区)以来、約30年ぶり。既販車を展示するショールームではなく、消費者にマツダの世界観に触れてもらうことが狙いだ。ファッションブランドの旗艦店が集まる青山に、個性や遊び心を随所に盛り込んだオシャレなカフェのような「クルマを売らない拠点」を設けてマツダブランドの向上を図る方針だ。

 拠点の名称に「トランス」(変える、超える)を用いたのは、新拠点での体験や発見を通して訪れた人が「前向きな気持ちを抱いてほしい」との願いを込めたからだ。

 マツダは「ひと中心」をキーワードに、デザイン性や操舵性を高めたモデルを展開して差別化を図ってきた。従来は主に自動車技術にブランドの思想を反映することを重視してきた。新しいブランド拠点はマツダ車のオーナー以外にも、マツダが目指している「人の顔が見える、手触りのあるブランド」に対して共感の輪を広げるための施設で、世界有数のファッショントレンドの発信地である青山に開設した。

 拠点はガラス張りの開放感ある建物で、入ってすぐにマツダの地元・広島の観光地である厳島(宮島)にある人気のカフェ「伊都岐珈琲」がメニューの一部を監修したドリンクコーナーを設けた。1階にはコンセプトカーなどを1台展示できるスペースを設けているが、既販車は展示しない。希望者はマツダ車に試乗できるようにしているが、拠点でクルマは販売しない。

 クルマに興味がない人を含めて気軽に入れることを目指した。インテリアは木目中心で、吹き抜けの階段を上がった2階には歴代マツダ車のミニカーやエンブレムを飾ってある。平滑性があり自光するマツダの新しい企業ロゴのオブジェが、外からも見られるガラス面に掛けられている。マツダ車に採用している自然由来の素材や、マツダ車のデザインスケッチなどを飾っており、車両に込めた思いを来場者にさり気なく伝えることを狙っている。

 拠点のコンセプトは、部門を問わずに自ら手を上げて参画したマツダの若手社員らが議論を重ねて決めたという。石田陽子ブランドマネージャーは「五感で感じる心地良さや面白さ、気持ちが明るくなってもらえるような場所でありたい」と話す。週末には人と人とのつながりも意識したイベントを実施していく予定だ。これまでクルマに関係のないフラワーアレンジメントや写真撮影に関する体験イベントを実施した。

 新拠点はクルマの販売促進を全面に打ち出していないものの、苦戦するマツダの国内販売を刺激する役割も持つ。マツダの国内販売は新商品によるブランド戦略が奏功して、一時期、シェアが順調に拡大したものの、ここ数年は苦戦している。24年の国内販売は前年比20.2%減の14万1946台と落ち込んだ。

 新拠点では「ロードスター」や「CX―80」の試乗車を用意する。青山は多くのファッションブランドショップがあり、若者も多い。若い世代に対してマツダブランドを訴求することで、中長期的な販売効果も期待する。

 マツダはブランドを訴求する拠点として「マツダロータリー原宿」を構えていたが、1993年に閉鎖した。約30年を経て新たなコンセプトでブランド発信に挑む。ここでの成果を元に現在は車両の展示が中心の「マツダブランドスペース大阪」(大阪市北区)の活用方法も検討していく。

 マツダは都心の一等地に設けた新拠点の投資額を公表していない。クルマを売らない新拠点が、マツダにどの程度の利益をもたらすのかを合理的に算出するのは難しい。毛籠勝弘社長は「効果を増やすためにも、積極的なイベントの開催や顧客との触れ合いを通じて、声を直接聞く機会として活用できる」と、目に見えない効果に期待を示す。

 プレミアムブランドではないマツダが、高級ブランドショップが立ち並ぶ「骨董通り」周辺でどう受け入れられ、そしてブランド価値の向上につなげることはできるのか。その動向に業界も注目している。

(中村 俊甫)