夜間、対向車のヘッドライトに思わず目が眩(くら)む―こんな経験はドライバーなら誰でもあるはず。特に近年は「ヘッドランプが眩しい」という声が増えているようだ。明るく、直進性が強い光を出すLED(発光ダイオード)ヘッドランプの普及が原因の一つとみられるが、ランプメーカーの開発担当者は「必ずしもそれだけではない」という。取材すると、複合的な要因が関係していることが分かった。
人がヘッドランプの光から感じる不快な眩しさは「グレア現象」「蒸発現象」などと言われる。「グレア」は古英語で「光を反射する物質」という意味。「蒸発」は、対向車の強烈な光でドライバーが幻惑され、歩道を横断中の歩行者が視界から消えるように感じるためだ。
国土交通省によると、ヘッドランプの眩しさが事故につながった国内の事例は2021年までの過去10年間で300件以上発生している。グレア現象は海外でも問題視されており、国際自動車連盟(FIA)は昨年、欧州の自動車ユーザーの約8割が「グレアによって運転に支障を来(きた)す」と回答したアンケート結果を公表した。交通事故の7割を占める夜間の事故を防ぐためには視認性の確保が大事だが、明るいヘッドランプが事故を誘発するようでは本末転倒となる。
LEDヘッドランプは確かに明るく感じる。色温度が高い傾向にあり、特定の方向に集中して光が出る特性を持つためだ。FIAは、車高が高く、ヘッドランプの位置が対向車や歩行者の目線に近づきやすいSUVが普及したこともグレア現象を感じやすい理由の一つに挙げている。
もっとも、すれ違い用前照灯(ロービーム)の配光特性などは国連の自動車基準調和世界フォーラム(WP29)に基づく保安基準によって細かく規定されており、自動車メーカーやランプメーカーは照射光線が他の交通を妨げないように設計している。
それでも、昔と比べ眩しさを感じるような気がするのはなぜか。グレア対策を研究する交通安全環境研究所の青木義郎上席研究委員によると、グレア現象が発生する理由は3点ある。①車体への荷重や路面の凹凸で光軸が上を向くこと②雨や雪によるヘッドランプの汚れに伴う光の乱反射③加齢による水晶体の濁りだ。
①②に関しては、光軸を調整する「レベリング機構」やヘッドランプクリーナーなどを備えている自動車がある。③は高齢化もからんで対策は難しいが、サンバイザーに取り付けるスクリーンが市販されている。
ただ、ランプメーカーの開発担当者は「ユーザーに理解してもらわなければ良い機能も宝の持ち腐れになる」と話す。例えば光軸調整機構には手動と自動がある。27年9月(継続生産車は30年9月)からは自動式「オートレベリング機構」の乗用車への装着が義務化されるが、現行車はダイヤル調整する手動式が多い。本来は乗員人数や荷物の量によってドライバーが光軸を調整する必要があるが、そもそもレベリング機構を知らないドライバーも多い。前出の開発担当者は「そもそも夜に納車することがないので、販売現場でライト類の機能を説明してもらいにくい」と指摘する。
白熱球からシールドビーム、ハロゲン、HID(高輝度放電ランプ)、そしてLEDへと、ヘッドランプの光源は進化してきた。今後は、ハイビーム(走行用前照灯)にするとLEDの2倍(約600㍍)の照射距離を持つレーザーの普及も見込まれる。光源が明るくなる一方で、WP29で灯火器の基準づくりを担うGRE(灯火器分科会)でも、グレア現象の解明や対策に関する議論はあまり進んでいないという。日本をはじめ一部の国で高齢化が進む中、車両の挙動に合わせ、リアルタイムで光軸を制御する「ダイナミックオートレベリング」技術を含め、対策づくりが待たれるところだ。
(水鳥 友哉)