通信、計算、AIの3基盤でクルマ社会の安全・安心を高める考えだ

 トヨタ自動車とNTTが「交通事故ゼロ」に向けて協業を強化する。今後5年間、2社で約5千億円を投じ、通信や計算、人工知能(AI)技術で構成する「モビリティAI基盤」を開発し、他社も巻き込んで普及を目指す。ソフトウエア・デファインド・ビークル(SDV)時代をにらんだ車載OS(基本ソフト)「アリーン」と、光通信技術「IOWN(アイオン)」にそれぞれ力を入れる両社。「安全・安心な車社会」に向けた取り組みを本格化する。

 両社の協業関係が始まったのは2017年。NTTの情報通信技術とトヨタの車載技術を組み合わせ、多数の車両から送られてくる膨大なデータを収集・分析する技術を開発してきた。20年には2千億円を相互出資し、資本・業務提携を締結。クルマから都市へと技術開発のフィールドを広げた。

 今回の協議について議論を始めたのは約半年前という。NTTの島田明社長は「もう少し提携を前進させようと話を進めてきた。互いに(安全な社会づくりに向けた)心意気があった」と話す。先進運転支援システム(ADAS)の普及で交通事故の発生件数や死者は長らく減少が続いていたが、足元では頭打ちの兆しも出始めた。「ここから先はモビリティだけでは限界がある」(トヨタの佐藤恒治社長)とし、インフラ協調技術を活用して〝限界〟の突破を目指す。

 ただ、モビリティAI基盤を普及させるには課題もある。その一つが〝仲間づくり〟だ。

 いかに機能が優れていても、トヨタ車だけでは効果が限られる。同社が実用化で先行した路車・車車間通信「ITSコネクト」が思うように普及していない現状と重なる。また、バイタル(生体)を含め、プライバシー保護や情報漏えいの心配を乗り越え、乗員や車両の細かいデータを集める必要もある。

 さまざまなパートナー企業を巻き込み、モビリティAI基盤構想を軌道に載せるためには、提供するデータやコストに見合う「キラーコンテンツ」をいかに見いだすかもカギを握りそうだ。

 

【トヨタ自動車】自動運転は「手段」

 「レベルいくつを目指すわけではない。安全・安心な運転環境をどれだけ作っていけるかがKPI(成果指標)だ」―。トヨタの佐藤恒治社長は、自動運転技術が事故ゼロに向けた「手段」であることを会見で繰り返し強調した。米中勢が完全自律型の無人自動運転の開発競争を繰り広げる中、トヨタは人、車、インフラの協調による運転支援の高度化を通じた事故の抑制に主軸を置く。

 トヨタにとって、今回の協業の目的は「最も重要な提供価値は安全・安心」とするSDVを実現するために低遅延・低消費電力の通信技術が必要不可欠だからだ。トヨタは2025年に車載OS「アリーン」の搭載を始め、SDVを本格展開していく。車両から得られるデータを人工知能(AI)で解析し、購入後も安全性を含む車の性能を継続的に高めていく考えだ。

 ただ、佐藤社長によると、SDVが普及する30年に車関係のデータ通信量は現在の22倍、計算能力は150倍ほど必要になるという。膨大な演算で電力消費が増えれば、カーボンニュートラル(温室効果ガス排出量実質ゼロ)にも逆行する。

 このため、AIとNTTの「IOWN」を活用し、膨大なデータをスムーズかつ低エネルギーでリアルタイム分析できるようにする。

 モビリティAI基盤は30年以降の普及に先駆け、28年に社会実装を目指す。実装に向けた舞台になりそうなのがトヨタが建設中の「ウーブンシティ」だ。佐藤社長は「ウーブンはモビリティのテストコース。協業の中で具体的なテーマが出てくれば、当然テストコースに持ち込んでいく」と語った。

 

【NTT】車をより賢く安全に

 NTTの島田社長は「より賢く、より安全に車、ドライバー、道路などのインフラ情報を切れ目ない通信で絶えず収集し、データを学習したAIにより、車をより賢く、より安全なものにしていきたい」と会見で語り「これを実現するキーとなるのがアイオンだ」と付け加えた。

 アイオンは、電気信号に代わって光を使い、光と電気を変換するときのエネルギーロスを防ぐ。高速・大容量・低遅延・低消費電力の通信や計算を可能にする。次世代の通信インフラとして見込まれ、NTTは5G(第5世代移動通信)の先(ビヨンド5G)、6Gの柱として国内外に展開するシナリオを描く。車と基地局、データセンターとのやりとりが瞬時にできるようになると期待される。

 NTTの内部では「どんな事業もアイオンに紐づけて考えるように、という雰囲気がある」(同社研究員)という力の入れようだが、実証などは別にして、社会実装が本格化するのはこれからだ。

 それだけに、目に見える形で実用化が進むことはアイオンをPRする意味でも意義が大きい。NTTが独自開発しているAI(人工知能)についても、同じ理由でアプリケーションに期待がかかる。

 車と道路、車同士をつなぐ技術は、国内外のさまざまなプレーヤーが開発中だが、2社が打ち出すのは、個々の技術ではなく、それらを統合する取り組みだ。自動車、通信分野で圧倒的な存在感を持つトヨタ、NTTならではの壮大な構想とも言える。

 しかし、利用する企業や消費者が増えなければコストが高止まりし、普及の足を引っ張るという悪循環に陥る可能性もある。技術開発とともに、知財や標準化などで〝仲間〟を増やす工夫も求められそうだ。