不正を陳謝する兼重宏行社長らビッグモーター幹部(23年7月)

 旧ビッグモーター(和泉伸二社長、東京都多摩市)が事実上、破たんした背景のひとつには、売り上げの拡大のみを追い求め、企業としての土台作りができていなかったことがある。コンプライアンス(法令順守)体制の構築や持続可能な人材の確保・教育制度などだ。「上司に部下の生殺与奪権を与える」などといった創業家の独善的な考え方が絶対視され、少しでも疑問に感じたり、異を唱える社員は退職を迫られた。非上場で第三者の声に耳を傾けるような風土もなかった。

 同社が事業的に成功していたことも独善さに拍車をかけた。車検や板金の工場を併設したワンストップの大型中古車販売チェーンとして、大量のラジオ・テレビCMで知名度を高めた。インターネット検索の上位に表示されるよう、車体価格をできるだけ安くする一方、不透明な諸費用やオプションを追加し、車体価格に20万円ほど上乗せする販売方法を2010年ごろから導入して業績を伸ばした。「車体価格を他店より安くするだけで驚くほど来客が増えた」と元幹部は振り返る。不祥事発覚前の22年9月期の流動資産(現金などを含む)は442億円、純資産は738億円にまで成長した。

 2015年が節目となった。本社を東京・六本木ヒルズに移し、創業者の兼重宏行社長(72)の子息の宏一氏(35)が20代で役員に就き、経営の中核を担う。経営学修士(MBA)を持つ宏一氏はたたき上げの父を超えようと、より数字を重視する方針を打ち出した。

 15年から18年にかけては200店舗近く出店した。「税金を払うぐらいなら店つくれ」が宏行氏の口癖だったという。大量出店に人手の確保が追いつかず「年収500万~5千万円」と宣伝して人を集めた。嘘ではなかったが、結果を出せないと容赦ない降格・減給が待っている。検査に入った金融庁幹部は「退職者は軽く年間千人以上」「工場長も頻繁に代わり、技術やルールの継承は全くできていなかった」と驚いていた。

 18年ごろからは、営業努力とは無縁の板金部門でも一台当たりの修理額を増やすように指示が出た。コロナ禍の新車供給制約で中古車販売が減ると、宏一氏が利益を生まない事業などを廃止したと金融庁は指摘する。苦情対応のコールセンター事業や保険の指導・教育などだ。法令順守は後回しになっていった。

 宏一氏の問題は、官民の複数の調査報告書で指摘された。社会経験が少ないのに創業者の息子というだけで「王様扱い」された結果だった。宏一氏は、器物損壊容疑で警視庁に書類送検された。

 こうしたビッグモーターの実態は一部社員から業界団体などへの内部告発につながり、経済誌の電子版記事で表面化した。ゴルフボールを靴下に入れ、車体を叩いて修理費を高額にするショッキングな手法はメディアで繰り返し報じられ、客離れを招いた。

 制度的な問題も浮き彫りになった。ビッグモーターの自動車保険金の不正請求に、関係が深かった損害保険ジャパンは気づいていた。しかし、見て見ぬふりをした。年間200億円の保険取扱額を持つビッグモーターは「神様」だったからだ。ビッグモーターに不正の見直しを進言し、逆に取引を減らされた損保もあった。専門家は「大規模自動車販売業が損保代理店を兼業するのは『利益相反状態』で以前から問題はあった」と指摘した。

 整備や板金の必要性、見積もりの根拠―保険契約者とは言え、素人がこれらの妥当性を判断するのはほぼ無理だ。作業実態もブラックボックスで、ビッグモーターの不正発覚も内部告発がきっかけだ。消費者と業者の間の〝情報格差〟をどうするか、各省でも議論されている。

 21年3月のネッツトヨタ愛知を皮切りにトヨタ自動車系ディーラーでも10数件超の不正車検や「過剰請求」が発覚している。水性と油性の塗料を間違えるなどの「ミス」という。ディーラー側が自ら公表したことでわかった。

 自動車に限らず、医療請求など保険制度をめぐる不正は最終的に保険金でカバーされ、真相はうやむやになりがちという指摘もある。しかし、その保険金も、結局は契約者1人ひとりが支払う保険料が原資だ。保険修理はもちろん、中古車や板金などアフターマーケットの信頼は大きく損なわれた。再発防止にはどういう仕組みが必要か。金融庁など関係各機関とともに、信頼回復に向けた業界の地道な取り組みも求められる。

(編集委員・小山田 研慈)