SDVを実現するハードウエアの開発

 SDVでは、ソフトウエアのアップデートでクルマの性能が改善する。このため、顧客がクルマを購入した時より価値が上がる可能性もある。これに成功しているのがテスラで、ユーザーは車両購入後、テスラのアプリを通じて自動駐車、自動レーンチェンジなどの機能を有償で追加設定できる。テスラは販売後のクルマでも稼ぐ仕組みづくりに成功した。これら有償オプションの多くはOTAによるソフトウエアアップデートで実現するため、手軽で販売コストも抑えられる。

 販売した後のクルマのビジネスを実現するには、高い処理能力を持つ半導体などのハードウエアをあらかじめ車両に搭載しておかなければ機能の拡張に限界が生じる。テスラ車には処理能力の高い高性能コンピューターがあらかじめ搭載されている。中国の新興EVメーカーも5年後を見越したソフトウエアの機能の要件に対応する半導体をEVに搭載している。

 ただ、販売後に新たな機能を付加することを想定して開発するSDVに、単純に現在と同じ手法で多くの半導体を搭載してソフトウエアで制御するとなると、その開発は高度化・複雑化する。これを避けるため、自動車メーカーはECU(電子制御ユニット)やセンサー、アクチュエーターをつなぐSDV向けの「EE(電気・電子)アーキテクチャー」を開発している。自動車の中央に大規模コンピューターを搭載し、各種ECUを統合する「ゾーンアーキテクチャー」が主流だ。車両の中央にシステムを集積することで、複雑性をなくして統合制御を可能にするのに加え、ワイヤーハーネスなども削減でき、コスト削減にもつながる。

 さらに、SDVに搭載する半導体についても次世代技術である「チップレット」の活用が検討されている。車載用の制御システムは従来、1チップにCPU(中央演算装置)やマイコン、メモリーなどを集積したSoC(システム・オン・チップ)が主に使用されている。チップレットは規模の小さい回路にして、これを接続することで1パッケージ化する技術だ。製造が難しい先端半導体を使用しても歩留まりを改善できるのに加え、微細加工プロセスの世代や、ロジックだけでなく、アナログなどのチップを組み合わせることが可能となる。チップレットならSDVに求められる高度でさまざまな機能を実現できる可能性が広がる。

 スマホのように、購入したクルマにアプリで新たな機能を追加できるSDVでクルマはどう変わるのか。まず車室内は大きく変わることが予想される。テスラをはじめとするEVの多くが、インフォテインメントシステムやインストルメントパネルを、大きなディスプレーに置き換えているが、SDVでは物理的なスイッチ類が最小限に絞られ、操作はタッチパネルや発話が基本になる見込み。機能の追加やアップデートするのに、物理的なスイッチ類は邪魔になるためだ。

 SDVでは、オーナーごとの運転方法の癖や特徴などに合わせて、快適に走行できるように制御を変更する機能も付加される。自動車メーカーの一部はすでに、コネクテッドカ―からドライバーの運転データを収集するとともに、人工知能(AI)を活用して「満足度の高い制御」について解析している。

 次世代自動車がSDVへと移行するものの、販売した後の自動車関連ビジネスの成功例は、現在のところ数少ない。さらに、自動車業界のソフトウエアエンジニア人材不足や、高度化・複雑化するサイバーセキュリティー対策、先端半導体搭載に伴うコストアップなど、SDV実現に向けた課題も少なくない。それでもSDVがクルマの価値を大きく変えて、従来の自動車ビジネスを根幹から変える可能性を持っているのは確実で、自動車新時代となるSDVの世界の幕が上がる。

(編集委員・野元 政宏)