グループビジョンを示す豊田章男会長
グループビジョンを示す豊田章男会長
TOB発表後の豊田自動織機の株主総会

 トヨタ自動車グループが資本効率の改善を進めている。背景には、東京証券取引所が上場企業に資本コストや株価を意識した経営を要請し、各社がPBR(株価純資産倍率)1倍割れの解消に動いていることがあるが、それだけではない。豊田自動織機の株式を非公開化し、中長期的な戦略を取りやすくするなど、大胆な方針転換も図る。持株会社には創業家の豊田章男トヨタ会長も出資し、グループのモビリティカンパニーへの変革の求心力とする。持ち合い解消により、資金を有効活用する体制は整いつつある中、その先にトヨタグループが目指す姿も見え始めている。

 トヨタグループは6月、モビリティカンパニーへの変革に向け豊田織機の非公開化で連携すると発表した。TOB(株式公開買い付け)実施で設立する持株会社にはトヨタ不動産が約1800億円、トヨタの豊田章男会長が10億円出資する。トヨタ不動産の近健太取締役は「短期的な業績にとらわれることなくモノの移動をけん引するには、果敢な投資やグループ内での連携強化が最適だと判断した」と説明した。

 非公開化をめぐっては、豊田織機の株主などから「TOB価格が安い」といった声も上がる。一方で、非公開化のプロセスの中では、豊田織機が持つトヨタ、デンソー、アイシン、豊田通商の4社株の自己株取得(公開買い付け)や、トヨタが保有する豊田織機株の自己株取得も行われ、複雑な株式の持ち合い構造を解消できる利点もある。近取締役は豊田会長の出資にも言及。「グループの大きな変革へのコミットメントとして重要だ」と話した。

 トヨタを主取引先とする部品メーカーでは、バルブコアや車体部品を手掛ける太平洋工業も、7月にMBO(経営陣が参加する買収)による非公開化を打ち出した。創業家の小川哲史社長は、自動車業界の変革期の中で「足元の業績や株価にとらわれることなく、施策を迅速に実行していくことが必要だ」との思いを持ったという。

 東証によると、2025年上期の上場廃止企業数は59社と前年同期から8社増加した。過去最多のペースだ。東証が市場区分の見直しなどの改革を進める中、あえて上場廃止に舵を切り、中長期目線での投資にまい進したり、アクティビストによる買収から未然に自社を守ったりする選択も珍しくない。あるトヨタ系部品メーカー首脳は「ゆくゆくは、グループ全体でどうするかという話が出てくるかもしれない」と、大きな再編の可能性も指摘する。

 そのような中、トヨタグループ各社は、政策保有株を着実に縮減させている。なかでも豊田織機非公開化のスキームに参画するデンソーは、政策保有株をゼロに近づける方針を示しており、4月にも愛三工業株を売却。保有銘柄数は18年度の44銘柄から、25年6月末時点で12銘柄へと減った。今年度は過去最大規模の自己株買いも進める。松井靖副社長は「ROE(自己資本利益率)の最大化を軸に、企業価値を向上させる」と話す。

 積み上がったキャッシュの使い道にも注目が集まる。その筆頭は、14兆円と巨額のネットキャッシュ(実質的な手元資金)を持つトヨタだ。足元では「ランドクルーザー」の競争力強化のため日野自動車の羽村工場を譲り受けたり、トヨタ車体のいなべ工場を商用車専用とするなど、グループ内の生産最適化への投資に余念がない。7日には、愛知県豊田市に新工場を建設すると発表。老朽化が進む国内工場を更新しながら国内の雇用を守り、ものづくり技術を継承・進化させていく考えだ。

 モビリティカンパニーへの変革に向けては、バリューチェーン収益が2兆円を超え、5年で倍増するなど新たな収益源に育ちつつある。トヨタ系でサブスクリプション(定額利用)サービスを手掛けるKINTO(キント、小寺信也社長、名古屋市中村区)も、19年1月の創業以来、初の黒字化を前期に達成した。

 一方で、自動車関税の先行きや少子化による労働力不足、重すぎるユーザーの税負担など、自動車業界を取り巻く環境には課題も多い。グループでは近年、認証不正など企業統治の問題もあった。各社は引き続き、現場の課題を洗い出す「足場固め」の効果を刈り取り、健全な企業統治の下でさらなる成長を目指す。

 各国当局の承認を経て、年内には豊田織機のTOBが始まる。あるトヨタ系部品メーカー首脳は「株を持ち合っていなくともグループ各社とは連携できる」と話す。株式を持ち合う関係から、強みを持ち寄り、弱みをカバーし合う関係へ。世界に類を見ない巨大な企業グループは、新たなフェーズに入る。

(編集委員・福井 友則、堀 友香)