「安心」を求めて日本自動車会館へ

 新型コロナ対策の柱として、国が強調するワクチン接種。大規模会場での接種に続いて職域での接種が6月下旬から順次スタートしたが、その実施を巡ってはワクチンの供給が滞るなど、希望する多くの職種に困難な調整を余儀なくさせた。その「壁」を乗り越えた11、12日の週末。自動車業界の団体・企業を対象にしたワクチンの職域接種会場には、都内だけでなく、神奈川、千葉、埼玉の首都圏各県や、群馬や静岡からも今できる「安心」を求める人たちが集っていた。

 父親が自動車産業に関わる高校3年生の男子。埼玉県内に居住するが、「地元では予約がだいぶ先になる。受験生だし、早く安心したかった」と話す。神奈川県から来た女性は、自動車関連の団体勤務。「早く接種したかったが、昼間は仕事をしている間に自治体の予約が埋まってしまう。職域接種に加えていただいて助かった」と話した。

 職域接種は6月21日から始まったが、希望しても1千人という実施人数を集められる職場・職域ばかりではなかった。自動車業界でも同様で、小規模なために諦めていた団体・企業も少なくなかった。しかし、日本自動車会議所と日本自動車連盟(JAF)が連携して職域接種に「挑戦」。関係団体、企業、モータースポーツ関連団体に声をかけたところ、約1300人が接種を希望。厚生労働省に6月21日付で職域接種を申し込んだ。当初は7月27日から30日にかけて1回目の接種を行う計画で、各地の自治体などに比べても早い時期の実施となる見込みだった。

 しかし、予期せぬ事態が起こる。ワクチンの供給不足だ。厚労省は6月25日までの申し込みは受け付けるとしたが、新規受け付けは中止すると発表した。この発表後、受け付けられていたはずの自動車業界の職域接種に対しても、厚労省からの連絡はなかった。やむなく、当初予定していた7月27日からの接種は延期が決まった。

 7月16日。ワクチン担当の河野大臣が職域接種について「すでに申請済みで開始時期が決まっていない会場については、8月中旬以降には多くがスタートできる」と記者会見で表明。自動車会議所とJAFも再度、1回目の接種を8月28日に設定して、予約調整を始めた。しかし、混乱は続く。厚労省からは連絡がなく、主管の国土交通省も「もう少し待ってほしい」という対応。7月30日に厚労省からようやく「ワクチンの輸入が順調にいけば、お盆時期には開始できる会場が増加し、8月30日の週には待っているすべての会場に対してワクチンが届く」というメールが届いたが、その後も正確な情報の続報は届かず、8月28日からの実施は事実上、困難となった。

 コロナ感染者の増加により医療環境は悪化。ワクチンの納入が直前に決まっても、職域接種を担ってくれる医療従事者を確保することは簡単ではない。この時期、事実上、職域接種を断念した企業なども少なくない。

 しかし、自動車会議所とJAFは、実施に向けた調整を継続。やはり苦労したのは医療従事者の確保だが、日程が明確にならない中で医師らのスケジュールを抑えるのは難しい。医師会を通じて紹介された医師に「法外な値段をふっかけられたこともあった」と関係者は言う。

 困難な作業を続ける中で、人脈も生きた。医療従事者の確保などの業務を担っていたJAF総務部の石﨑裕二郎主管は、高校時代の同級生だった看護師の真路千恵さんに相談。水泳部の部長、副部長だったという長年の仲間だ。真路さんの夫は国立病院機構埼玉病院の小児科部長で、多忙な業務を調整して支援してくれることになった。「モータースポーツが大好き」という同病院の小児科医も複数、サポートしてくれることになった。職域接種の初日、「レーサーが来てくれれば嬉しい」と密かな楽しみを持ちながら、会場で職域接種に取り組んでくれた。

 「情報の不足、そして混乱の中で、多くの人が期待している職域接種を実施するには、粘り強さときめ細かい作業が求められた。貴重なワクチンを無駄にしないようにと、予約の調整には気配りが必要だった」と自動車会議所の橋本勝也理事は話す。

 ワクチン接種を終えて日本自動車会館を後にする人たちの多くが「ありがとうございました」と言葉にして、関係者に会釈していた。