モータースポーツでカーボンニュートラル(温室効果ガス排出実質ゼロ)燃料が広がっている。スーパーフォーミュラ(SF)を運営する日本レースプロモーション(JRP、上野禎久社長)は、セルロースエタノールを混ぜたガソリンを国内のレースカテゴリーで初めて2026年シーズンから採用すると発表した。「低炭素ガソリン」として、通常のガソリンにエタノールを10%配合する「E10」を全マシンが使用する。
カーボンニュートラル燃料は、植物由来の原材料を用いることで、植物の成長過程で吸収する二酸化炭素(CO2)と燃焼で出るCO2を相殺する。結果としてCO2の実質的な排出を減らす仕組みだ。
JRPは、バイオエタノールの製造技術を研究する「次世代グリーンCO2燃料技術研究組合(raBit=ラビット、中田浩一理事長)」、エネオスと組む。ラビットが造るセルロースエタノールは、木材や草、稲わらなどの非可食原料を用いる。福島県浪江町の被災農地で育てられたイネ科の「ソルガム」を使用し、2024年11月に同県大熊町に建設した生産研究設備でセルロースエタノールを製造する。
非可食原料は、サトウキビやトウモロコシなどの可食原料から造る方法と違い、原材料の前処理工程が必要になるため、技術的な難しさがあるという。「実証プラントで造るためコストをはじくのは困難」(ラビットの中田浩一理事長)な状況だが、ソルガムは食料と競合しないこと、そして何より福島産の原材料を使うことで継続的な復興支援につなげる狙いがある。
JRPはこれまで、輸入燃料もテストしてきたが、経済合理性とCO2排出におけるウェル・トゥ・ホイール(油井から車輪まで)の観点から導入に至らなかったという。今回、採用を決めた背景について、上野社長は「福島で精製される国産セルロースエタノールを活用できることで、循環型社会の実現に向けた新たな実験台としての役割をSFが担える」と説明した。
SFの燃料使用量は1シーズン当たり10万㍑になるという。ラビットがセルロースエタノールを造り、エネオスが品質設計とガソリンとの混合を担う。JRPがエネオスから全量を買い取り、参加チームに販売する。10%混合だと、ラビットではSF向けに1万㍑のセルロースエタノールを製造することになる。
今後、SFにエンジンを供給するトヨタとホンダがベンチ(台上)テストを実施する。その後、9月から開発車両を使った走行テストを行う予定だ。
国内のレースカテゴリーでは「スーパー耐久シリーズ(S耐)」において、トヨタ自動車などメーカー4社による実証も始まっている。5月31日から6月1日にかけて行われた富士24時間レースでは、バイオエタノールを20%混ぜたエネオス製の低炭素ガソリンをトヨタ自動車とスバル、マツダ、日産モータースポーツ&カスタマイズの車両が使用した。
SF、S耐ともにエネオスが燃料を供給するが、S耐向けのバイオエタノールは「外部から調達したものを使っている」(藤山優一郎常務執行役員)という。
一方、国内最高峰のGTレース「スーパーGT」は「カーボンニュートラルフューエル(CNF)」と呼ぶ燃料を23年シーズンから使っている。
スーパーGTを運営するGTアソシエイション(GTA、坂東正明社長)が採用したのは、ドイツの燃料メーカーであるハルターマン・カーレス製のレース燃料ブランド「ETSレーシングフューエル」の再生可能レース燃料。植物から生成された炭化水素と酸素含有物から造られ、バイオ成分は100%。性状やオクタン価は日本の自動車ガソリンエンジンの規格に適合させている。
世界に目を向けると、世界ラリー選手権(WRC)や世界耐久選手権(WEC)など海外の主要レースカテゴリーでも、持続可能な燃料の採用は進んでいる。ただ一方で、今春にはWRCの燃料サプライヤーだったP1レーシング・フューエルズの経営破綻が明らかになるなど、ビジネスとしての事業性を確保しながら安定供給を実現する難しさが浮き彫りになっているのも現状だ。また、燃え残った燃料がエンジンオイルに混ざり、粘度が低下してしまうオイル希釈が発生するなど技術的な課題も存在する。
CNF、低炭素ガソリン、持続可能な燃料など名称はさまざまだが、最終的な目的はどれも同じだ。電気自動車(EV)シフトが踊り場に差し掛かり、ハイブリッド車需要が盛り上がる中、内燃機関を動かすガソリンの脱炭素化はますます注目を集める。市販車への適用に向け、過酷なモータースポーツを通じた実証が続くことになる。
(編集委員・水町 友洋)