講演する吉野名誉フェロー

 リチウムイオン電池(LIB)は、近年グローバルで普及が加速する電動車に不可欠な存在だ。1980年代初めにこの原案を発明した旭化成の吉野彰名誉フェローが、欧州特許庁(EPO)が主催する「2019年欧州発明家賞」(非ヨーロッパ諸国部門)を6月に受賞した。LIBに関して吉野氏がEPOに提出した6件の特許案件が評価された。授賞式(6月20日にウイーンで開催)で、EPO長官から「LIBが世界を変えた。今後も変えていくだろう」との祝辞を受け、吉野氏は「感激した」と感慨深げだ。

 吉野氏は、京都大学を経て1972年に旭化成工業(現旭化成)に入社し、小型で軽量な二次電池の開発ニーズに応えるべく、81年に新しい電池に関する研究を開始した。LIBに関して、負極材に特殊な炭素系材料、正極材に安定的な化合物として知られたコバルト酸リチウムを用いることで、充電が可能な全く新しい二次電池であるLIBの基本構造を世界で初めて完成させ、85年に基本特許を出願した。その後、金属リチウムに由来する危険性や繰り返し充放電による劣化などの課題解決、電池の熱暴走防止による安全性の確保など、多くの技術開発で実用化に貢献し、LIBは二次電池として、電動車やスマートフォン、ノートパソコンなど広く活躍の場を拡大し続けている。

 吉野氏は7月2日、メディア向けの受賞記念講演を都内で行った。LIB普及の歴史を踏まえて「LIB市場が本格的に拡大した95年以降は通信機器メーカーなどが特許出願の中心を担ったが、2006年以降はこれが自動車メーカーなどに変わった。LIBの販売実績は、17年に車載用途がモバイルIT用途を初めて追い越した。25年にはこの差がさらに拡大し、車載がモバイルITの7~8倍に拡大するだろう」とし、LIBの役割がIT革命からET革命の担い手に成長するプロセスを分析した。

 講演で吉野氏は、25年以降に車の電動化で目指すべき方向性について「温室効果ガスの排出源はエネルギー部門が最大の35%を占め、交通関連は14%に止まる。このため、地球環境への貢献では、車の電動化だけでは足りず、エネルギー部門との連動が不可欠だ。蓄電池の大量導入で再生可能エネルギーの不足分を補えば、50年までに二酸化炭素排出量80%削減も夢ではない」とし、LIBの将来性の高さを強調した。

 また未来の車社会について、吉野氏は独自のコンセプト「AIEV」(Artificial Intelligence Electric Vehicle)を定義し、25年以降にマイカーが漸次AIEVに置き換わる社会展望を示した。AIEVは、人工知能技術で創出された無人自動運転機能を持つ電気自動車(EV)とする。人の移動やエネルギーの移動など、AIEVによるさまざまな社会的サービスの浸透を想定し、具体的には、マイカー削減、交通事故・渋滞の激減、高齢化・過疎地域における新交通機能、巨大蓄電システムの自動構築など幅広い切り口での社会的メリットを実現する。AIEVの個人的メリットについて吉野氏は「シェアリング効果を含めたAIEVサービスの普及で、個人における車の保有コストは7分の1に下げられる」とする。

 吉野氏が25年以降に想定するAIEV構想で求められる電池性能は、エネルギー密度は現行レベルの1充電300㌔㍍前後、コストも現行レベル(ガソリン車比1・5倍以内)で十分とする一方で、シェアリングの拡大などを想定してマイカーの10倍の長期耐久性が必要と見込む。800㌔㍍など長距離を移動する場合には現行レベルのEVを乗り換えれば良いとする発想で、マイカーの激減と車のゼロエミッション化で地球環境へ貢献するほか、個人的な車保有における大幅な価格破壊を実現する構想だ。吉野氏は「AIEVは巨大な蓄電システムとして化石燃料発電の削減に貢献する。この構想における課題は、電池の耐久性能をいかに高めるかにある」と次の研究課題を見据える。

     (長谷部 万人)

 吉野 彰氏(よしの・あきら)

 【略歴】1972年京都大学工学研究科修了、同年旭化成工業(現旭化成)入社。92年旭化成イオン二次電池事業推進部商品開発グループ長、94年エイ・ティーバッテリー技術開発担当部長、97年旭化成イオン二次電池事業グループ長、2001年同電池材料事業開発室長、03年旭化成グループフェロー、05年大阪大学大学院工学研究科博士取得、旭化成吉野研究室長、10年技術研究組合リチウムイオン電池材料評価研究センター理事長(現職)、15年旭化成顧問、九州大学エネルギー基盤技術国際教育研究センター客員教授(現職)、17年名城大学大学院理工学研究科教授(現職)。

 1948年1月生まれ、71歳。